秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

2013-11-01から1ヶ月間の記事一覧

メガネの話

5年ぶりくらいに、いまあるメガネと別に、新しいメガネをつくることにした。小学生の高学年から数えきれない数のメガネをつくった。その中でも、いま使っているものは、NO1のお気に入り。 メガネをかけている人は知っているだろうが、フレームは数年経っ…

黄色い猿たち

2011年という年は、それまであった世界スタイル、あるいは世界システムといっていいものが、崩壊した年だ。 ということが30年後、人々に語られる時代がくる。そう考えられる人は、これからの世界や国、社会や地域のあり方、もっといえば、家庭というものの未…

ささやき

ブログだけでなく、FBをやるようになって、そして、震災がきて、地域の問題を改めて考え、行動するようになって、それまでかかさず更新していた、自分の公式HPがとまった。 一番大きかったのは、FBの可能性に私自身が魅了されたからだ。人ぞれぞれソー…

そのとき

今期映画のドラマ作品の一本に窮しながら、同時に、「福島応援学習バスツアー」の参加者募集を自らもやり、メンバーのケツをたたいていた。 経費ギリギリの40名が達成できないようなら、団体の力の底が知れている。私はそう思っていた。その数が覚束ないよう…

他者にゆだねるか、自らの自由とするか

政治家の意識と市民意識の差。もっといえば、政治家の生活感覚や常識と市民のそれとのかい離は、この10年で加速度的に広がっている。 しかし、一方で、市民の政治意識やそれへの参加は過去に比べて、明らかに保守反動化し、現状容認傾向が強くなり、政治その…

お許しあれ

このところ、いろいろなことで不義理をし、御無沙汰をしている。 久々、これまでの社会映画とはちょっと違った作品を書き上げようとしているからだ。 社会映画でも1時間ものの短編はそれなりの苦労がある。だが、今回、30分のショートフィルム。4月に、同じ…

ありがとう

今日はおふくろの7回忌だった。 福岡の姉から前の日曜日に命日の法要をやると聞いていたが、この間のその日、私はいわき日帰りの取材だった。鹿児島でも12月にお世話になった義父の7回忌があり、結局それに合わせることにした。 しかし、福島応援学習バスツ…

いまだからこそ

福島の生活者の声にじかにふれてほしい…心からそう思う。 被災し、原発事故被害にあるから、福島の人たちすべてが善良な人だとはいわない。人はだれでも同じように我欲もあれば、私利私欲、打算と無縁ではない。だが、それでも、福島の人たちが抱えた生活の…

コレド明日閉店

昨夜は、著名ナレーター津野まさいさんの「言の葉」の定期朗読会へ。「言の葉」とは別に、「えん」という朗読会の主宰もされていて、年に1回か2回、互いの恒例行事のように参加させてもらっている。 津野さんとは30代の終わりころからの仕事のお付き合いで…

欠如

人の常識や見識、素養や教養というのは、その人の成育環境が大きい。 その上に、やっと、学習への姿勢や意欲、学習を進めるための方法論というのが生れる。 それは、決して豊かな家庭だからできるというのでもなく、かといって、貧しい家だからできるという…

問われている

人には欲がある。だが、まっこうから何かを得たいといった言動で、欲を発露する人もいれば、計算高く立ち回りながら、それと悟られまいとしながら、得をえようとする人もいる。 だが、いずれも、時間とともに、その本質は見透かされるものだ。 そうした思い…

イルミネーション

北風が吹く、始まりの季節の頃、いつも思うことがある。 くいしばって、必死で支えてる明日への構えが、訪れた寒さに耐えられず、保てない人がどこかにいるのではないだろうか… 11月から12月、年明けの1月、2月、3月は、彩り豊かな行事が続く。だが、そのつ…

そういう顔

週末の高校東京同窓会の翌朝、朝8時のひたちでいわきへ。ところが地震で40分遅れの発車。 12月7日8日に実施する「福島応援学習バスツアー」の現地受け入れ団体や責任者のみなさんへのあいさつ回り。豊間・沼ノ内・薄磯で日々取材しているSちゃんの応援があ…

母校への誇り

明日は私たち学年が中心になって担当幹事をやる東京同窓会。例年参加者の減少にあったのが、今年は、いろいろ工夫したかいもあって、参加者は駆け込みも入れて80名を越えた。 参加者の数などどうでもいいことだが、今回はいつもと違う趣向をこらした。とはい…

ストバリのメシア

昨夜、NHKスペシャルの「ストラディバリウスの謎」を深夜再放送していた。音楽に興味のある子どもなら、小学生時代にこの名前は聞いたことがあるはず。 制作者の名は、アントニオ・ストラディバリ。その彼がつくるヴァイオリンをストラディバリウスと総称…

最善を尽くしてもらいたい

自分にできる最善を尽くす。それは、営利を前提とすれば、だれにでもできることだ。 あるいは、自分にできる最善を尽くしていると思っていても、他者からみれば、最善を尽くしているとはいえないことも多い。 そもそも最善などという基準はない。人それぞれ…

教育とは正しさを教えることではない

発見や気づきのない教育は、教育とはいえない。また、発見や気づきと出会わせ、それを教えられた側が自ら成長の糧としていけるものでなければ、指導ともいえない。 私たちの演劇や映画の世界では、自分の過去の作品の実績や業績めいたものを語り、まるで自慢…

美の一本

人は根源的な欲求として、美を求める。 だが、美といっても決して一応ではない。逆に、類型的で無個性な美は、どこか普遍的であるように思えて、じつは、まったく美からは遠い。 美しさの概念には、つねに、類型がつきまとう。 だが、本当に人の心を打つ美し…