秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

桶が笑う

かつて黒船に乘って、ペリーが来航したときの話だ。下田の町にある桶屋の桶に目を止めた。

木材と竹のタガだけでつくられた桶は、水を入れても漏れない。日々の生活用品で、水桶、洗濯桶、湯桶、そして棺桶と日本人の生活には欠かせないものだった。

ペリーは、日本人の生活の中にある、この木工を主体とした技術の高さに驚き、当時の米国大統領ミラード・フィルモアに書簡を送っている。

「日本は、そう遠くない将来。世界有数の技術大国になる可能性が高い。日本人の初等教育普及率は高く、勤勉で、いずれ欧米に比肩する力を持つだろう」

実際、江戸の寺子屋文化のおかげで、国民の半数以上が読み書きができる国は、当時の世界では高い水準の教育レベルだった。イギリスでさえ、3割程度の時代だ。

ペリーは、日本の潜在的な力を見抜き、それが徒弟制度の中で磨かれた職人技にあり、同時に、寺子屋文化で幼少の頃から身に付けられていった算盤、暗算、読み書きといった知的教育と道徳、倫理、社会規範、礼儀の躾教育、生活態度の育成によって支えられていることをわずかな滞在で理解したのだ。

 

これは日本に限らず、どの国家にも、そして世界の持続可能性を考える上でも当てはまる。重要な要点を指摘している。

私の子どもの頃もそうだが、水桶でも洗濯桶でも風呂桶でも、長く使うと水漏れが始まる。プラスチック製品などだと、割れてしまえば、捨てるしかない。

だが、木桶は、桶屋に持って行けば、修理ができる。板を貼り換え、タガを交換する。それを木槌でしっかり叩いて固定すれば、木が腐食するまで、持つのだ。器用な大人は、自分で修理していた。

こうした文化でわかるだろう。

物を大事にする。しかも、高い金属製ではなく、安価に手に入る木材で間に合わせる。

壊れ掛ければ、それを直して使う。腐食しても乾燥させれば、風呂煮炊きに使える。土地に返せば、土になる。すこぶる物、自然にやさしい。

そして、そのやさしさは、物に向かう姿勢。物を作ってくれた人、それを使う人の心のあり方と互いへの感謝と尊敬を育てた。

物資もない日本が資源国家であり、経済大国のアメリカと4年もの間、負けるとわかっていた戦争を継続できたのも、そして敗戦後、世界が驚嘆する経済復興と成長を遂げたのも、一重に、この江戸300年の歴史が培って来た、文化があったからだ。

そこにあったものは何か。

簡単なことだ。社会の基軸がしっかりとあり、法の前に、社会道徳や社会規範、倫理が機能していたからだ。

桶がそうであるように、ひとつの物、形、考え方に生活の末端まで、自然との共生を基にしたそれらが生きていた。それが、多くの生活の試練や困難。戦争という理不尽な暴力と人権疎外、弾圧にも耐え、敗戦という苦渋の中でも立ち上がる基軸として、私たち日本人にあったのだ。

第一次安倍政権誕生のときから、私は言い続けている。いまこの国は、法や秩序、制度や国家システムが桶が笑った状態にある。

私が言い出した頃より、その状態は深刻で、この国を持続して行くのなら、腐った桶の板をほとんど剥がし、新しい木板に変え、ゆるんだタガを締め直さなくてはいけない。

三権分立を守り、そこにある者は自ら範を示さなくてはいけないのに、その当事者が、政治や検察、司法の腐敗と無効化を進めている。

国、社会を維持するには、法や制度が機能していなくてはいけない。その基本にあるのは、社会学者マックス・ウェーバーが言うように、社会規範、倫理(エトス)だ。

それは、各民族に受け継がれ、培われた行動様式、考え方、ふるまいを意味する。これが不遜な利己心や汚れた私利私欲で汚濁されてるとき、当然ながら、法や秩序、制度そのものが溶解する。

 

ひとつの国家、国が成立し得るのは、国民が押しなべて、自分たちの行動様式、倫理観を維持でき、それゆえに、法や制度を信じることができるときだ。つまり、国、国家というのは、その幻想を人々が共有できることによって、成立できる。

経典宗教国家である欧米や中東諸国は、同じ神を信じることによって、幻想を人々が共有しうるステージを生み出した。

賛否はあるのは承知だが、この国では、天皇が存在することにって、それを成立させて来た。明治から戦中まで、それが政治家や軍部の軍国主義政策に利用されたもの事実だ。だが、戦後日本において、天皇の存在は、かつて以上に、この国の法制、道徳倫理の要になっている。

戦後民主化の中、アメリカ隷属国家となった中で、日本国憲法の存在意義と重要性の象徴として、天皇家は衣替えしたからだ。

天皇家には、故事神話から続く、伝統文化と行動様式がある。だが、その基本にあるのは、自然との共生だ。同時に、自由・博愛・共生、そして平和をそのふるまいによって、国民に示す、私たち日本人が敗戦後を生きるための知恵とした象徴そのものだ。

それがあることによって、私たち日本人は、意識するしないに関わらず、寺子屋で教えられる子どものように、社会規範、道徳、倫理、そして、生活態度を見直し、幻想としての国家とその法制に従う意志を確かめ、また、異論や反論を感じれば、それが、自由・博愛・共生、そして平和の精神に反していないかどうかを議論して来たのだ。

今般の国会で議決されている法案はすべて、この日本人と日本人のつくり、育て、育んで来た歴史と文化に真っ向から反する。

ただでさえ、詐欺や汚職、贈収賄が当たり前のこの世の中で、天皇制の基本を壊す行為を行えば、桶が笑うように、国家は崩壊する。

円安と株安。国債長期金利の上昇。トランプアメリカに追従する属国主義で、それが乗り切れるわけがない。

無知と不勉強。無教養と学識のなさ。それがこの国を、世界を混乱と崩壊へ向かわせてる。

止めるのは、あなただ。もし、あなたにホントの愛国心というものがあるなら、郷土愛や家族愛、身近な人々のこれからを願う愛があるなら。

 

 

からだに訊く

アンチエイジングという言葉がある。

もともとは、ホルモンバランスの回復で老化による疾病を防止しようという医学的研究から生まれたもので、その狙いは、高齢化で発祥する疾病を抑止するものだ。

それが、1990年代の世界的な好景気に乘って、美容、若返りといった商業主義に利用される。化粧品はもちろんのこと、美容、痩身のための健康食品が爆発的に登場したのもその頃。

老化による疾病対策が、いつか若い世代から高齢者にまで広がる老いへの抵抗、美への追及の手段と化した。

これに呼応するように、職住環境では、消臭剤や芳香剤、空気清浄機や除菌グッズが飛ぶように売れ出した。ウォシュレットが普及したものこの時期。

美しく、汚れのない、清潔で澄んだ環境。汚いもの、古びたもの、老いたもの、朽ちたものを排除し、視界から、生活から遠ざける。見えないものにする。

その反動もあってか。昭和レトロという猥雑とし、非衛生的とも思えた路地裏や昭和から残る、雑然とした商店街などが注目もされた。だが、二度目のオリパラ開催に呼応し、微かに残された猥雑で煩雑、非衛生的なそれらは、再開発という名の下に、消えていっている。

いまの20代~30代は、こうした職住環境に育ち、「見ないものにする」価値観に準じて大人になった世代だ。同時に、空白の30年と言われるように、経済的には、低成長と格差、倒産、そして、コミケ弱者がいじめられるのが当たり前の学校、社会を生きて来た。

この親世代は、40代~50代。消費社会の繁栄を体験せず、低成長から就職氷河期を生きて来た。負け組勝ち組の価値観の中で育った世代で、当然ながら、負け組になると学校、社会のヒエラルキーから落ちこぼれ、それに反抗してもスポイルの対象とされる社会を見て来た。


当然、彼らには、20代30代より見える風景があるが、スポイルされる者の姿を知っている分、子どもたち世代以上に、「見えても、見たいものしかみない」訓練に長けている。

よく、「日本はどうなってしまったのか」「かつては、こうじゃなかった」という言葉を聴く。だが、いまの社会を担い、動かしているのは、こうした20代~50代の連中だ。

当然ながら、「見えないものにする」「見えても、見たいものしかみない」ことが、いまを生き延びる道と訓練された者に、「それは間違っている」と言っても、言葉が通じない。

勿論、20代~50代世代の中にも、社会情勢、世界情勢を深く見て、いまの現状のおかしさ、政権や政治、制度のおかしさに異議を唱え、発言し、行動する人々もいる。それは、幸いにして、いい育ち方をして来た人たちだ。豊かさにあるというのではない。

しかるべく、法と秩序、社会倫理のあるべき姿を学ぶことのできた人たちだ。また、その運用において、市民、国民、生活者の側の幸いを願える教育を受けられた人たちだ。

簡単にいえば、家庭教育においても、地域教育においても、社会教育においても、バランスの取れた視点を論理的、理数的に見る眼を養ってもらえた人たちだ。

私たちは、衰えることを怖れる。いまままで通りにできないことを不便に思う。だが、果たしてどうなのだろうか。

成長と言う名において、私たちはいつまで、誰かを排除し、誰かに苦難を押し付け、誰かの犠牲を忘れ、自分たちだけの幸いを求め続ければいいのだろう。

高度成長期や消費社会の発展を、それによって失われる教育のあるべき姿を見失いながら、いつまで地球環境を蝕み、自分たちだけの豊かさが正義とするのだろう。

人にも老いがあるように、国にも老いは来る。そのとき、自分のからだに尋ね、どういうあり方が、自分たちにとっても、世界にとっても幸いであるのかを考える。それこそが、先進国とかっていわれ、いま老いつつあるこの国が、国民のために、そして世界のために行く道だ。

日本よ、そのからだに訊け。その老いや衰えに相応しいあり方を探せ。その中に、次の成長の新しい形がある。

世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。





 

耳を澄ませば

映像作品の音響効果付けの際、画面にはない音を意図的に入れることがある。

 

遠くに聴こえるヘリコプターの音。救急車のサイレン音。廃品回収のアナウンス。午後5時の帰宅時間を告げる地域放送。何処の部屋からか、風に乗って聴こえる三味線やピアノなど楽器の音。人通りの足音。変ったのでは、鹿威しの音や蛙の声……。

 

室内での会話の長い間やシーンの変わり目。そこに、場面にない音、無関係な音を意図的に入れる。脚本の段階から想定して入れる場合もあるが、音効の打ち込み作業中にふっと閃いて、急遽、追加で入れることも少なくない。

才能のある音響効果さんだと、すぐに私の意図するものに気づいて、ドラえもんのポケットのように音効データを出してくれるのだが、そうではない担当者だと「えっ?」と戸惑う。あるいは、怪訝な顔をする。

 

意図が読めるスタッフとしか組まないので、そうしたケースは稀だが、不慣れな若い担当プロデュサーがいたりすると「なぜ?」と訊かれることもないわけではない。

ほぼ、その段階で、その人の映像や編集、音効センスは、アウト。

説明するのも面倒なので、「ま、仕上げてから、観てみてよ」と言うことになる。

できのいい奴だと、仕上げを見て「ああ。そういうことだったんですね」となる。それでも気づかない奴は、論外。映像や舞台の制作、演出、シナリオの仕事に向かない人間ということになる。

これは異化効果を体感で理解できているかいないかの差だ。

異化効果と言う言葉は、舞台演出家ブレヒトが提言した演出法だが、異質なものをわざと入れ込むことで、逆に虚構である舞台にリアリティが生まれるという手法のことだ。

一聞、一見、場違いのようで、それが舞台空間、映像空間にリアリティを生む。

 

これとは違うが、音を聴き取ることの大切さを、これも著名なロシア演劇の演出家が実践している。

スタニフラフスキーの「俳優修業」という著書に、眼を閉じ、体の力を抜き、集中力を高める俳優訓練法が紹介されているのだ。まるで、坐禅の修行のようだと15歳のとき、初めて読んで思った。

だが、これは、いまも世界の俳優養成所で当たり前のように使われている。集中からからだを解いて、指導者が訊く。「いま、何の音が聴こえました?」

その問いに、初めての者は戸惑う。ほとんど気に掛けていないからだ。そして、大方が最も音の大きかったものを聴こえたと指摘する。外の車の音、指導者が部屋を歩く足音……とかいった風に。

できる奴は、車の音だけでなく、車の加速音、停止音、バイクのエンジン音まで分解して言ってくる。室内の音でも、足音だけでなく、部屋にある時計の音、自分たちが座る椅子の軋みまで指摘できる。

人間は普段の生活では、聴きたい音しか、見たいものしか見てないない。

漫然としている方が、大量の情報量を脳がインプットできるからだ。だから、漫然とした状態のままでは、瞬時にそれを再生できない。だが、意識を集中すると曖昧で漫然とした記憶の底から、個々の事象を拾い出すことができる。

俳優修業では、これが集中力を高める訓練にもなれば、毎回同じ演技をしながら、その時々の相手役の調子、観客の息遣い、照明や装置の展開の微妙な変化に、即時的に対応する能力を養うことができる。

なぜなら、舞台は生もので、毎回同じ条件で芝居ができる訳ではないためだ。映像においても、撮り直しはできるにせよ。何回も同じ条件で撮影できるわけではない。ここにも生身の役者、スタッフがいて、かつロケだと光の当たり具合、風、気温など自然の変化を受ける。

360度、三次元の空間すべてを相手にして、俳優は体ひとつでそれと対峙する。

そこに過不足が生まれないために、五感を研ぎ澄まし、耳を澄ます力がないと、虚構の世界に真実の光を導き出すことができないのだ。

これをブレヒトの異化効果と組み合わせると漫然として脳が集積している情報を目覚めさせ、意識させるためには、集中に加え、異質なものをそこに割り込ませるとより覚醒が進むという話になる。

私たち現代人は、五感を研ぎ澄まし、耳を澄ますという生活から、自分の見たいもの、聴きたいもの、触れたいものにしか接しない生活をストレスフリーな自由で、豊かなものとして築いて来た。

だが、その結果、フェイクニュースや虚偽、虚言を見抜き、自分を取り巻く世界の真実を知る力を失って来ている。漫然と情報を受け止めているだけでは、そこに虚偽、欺瞞を発見することができなくなっている。

いまや耳を澄ませば、聴こえてくるのは、戦前の足音であり、軍靴の規律正しい足音ばかりで、そこにある旧統一教会の犯罪、旧安倍派を中心とした裏金問題は、マスコミからも掻き消されて、忖度の声ばかりが聴こえている。

それをしないためには、異化効果を生む、場違いな何かが私たちの生活や社会、世界に入り、人々の意識や記憶を覚醒する何かが生まれなくてはいけない。

山上の首相暗殺事件ですら、漠然とした記憶の底に埋めてしまうこの国が、覚醒するには、それ以上の何かを経験しないとどうもいけないらしい。

そこに軍靴の跡に来る悲惨な悲鳴や嗚咽、慚愧の号泣が聴こえて来るのは私だけではないはずだ。それが異化効果となる経験を私たちは80年前に経験している。

それ以外のことを残念ながら、日本人は自力でやり遂げた過去が一度もない。異化効果を演出できる政治家、政党、国民、市民がいないからだ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

大見得を切る

高市という人物は、歌舞伎役者で言えば、「大見得を切る」のが好きだ。そして、そこに間髪入れず、「よっ。音羽屋!」「成駒屋!」と客席から声が掛かるのも大好きな人だ。

歌舞伎の「大見得を切る」というのは、演出のひとつで、芝居の大きな見せ場。

 

主人公役やそれに準ずる登場人物が、自分が「何処の何者であるか」を明かにする時や自分の行動や言動にある「本音」や「目的」を相手役や周囲に明かす。そして、「その何処がおかしい!」「それ、見た事か!」と決め台詞を吐く。それに合わせて、大きく体を使い、相手役を威嚇する動きで、圧倒し、その場の空気をつかむ。


「見得を切る」が出る場面は、芝居の転換点や筋書きが明らかになる場など重要なところ。そこに、観客の息をコントロールするように、大見得を切るから、思わず、観客は、登場人物の役者に呼吸を合わせ、体の筋肉も呼応し、役者の動作に同調する。

 

つまり、セリフと動作を見せるだけでなく、役者の呼吸、台詞の言いまわしに同調させ、ぐっと観客を引き込むのだ。見得を切った後に、余韻を残す間がある。文章で言えば、段落や文末の点。そこで、はっと我に返った客席から声が飛ぶ。今で言う「いいね」の代わりだ。かつては、そこに投げ銭もあった。いいね投票の一票だ。

これ。選挙の街宣や街頭スピーチに似ている。

見得は大きい程、効果がある。内実がそうであるかとか、見得を切った台詞の中身がどうであるかは、左程重要ではない。どれだけ観客の呼吸と体を自分たちの息や言い回し、間合いに乗せられるかが重要。

大見得を切って、劇場が熱狂するように、その空間は、限られた人数しか見られない場所がいい。屋外であれば広い場所ではなく、狭い路地や歩道のように人が群れてしまうようなところ。つまり、大勢の人ではなく、芝居小屋のような人が集るのに限りのある方が効果が上がる。

人が群がる様子が、周囲から見えることが大事なのだ。その列や人だかりに、「何だ。何だ」と人が集まる。室内であれば、500とか700の収容劇場。立ち見と列がつくれる空間。やがて、2000、3000となっても、立ち見と列が恒常化する。そこにまた、「何だ。何だ」と人が集まる。

再度言うが、内容は重要ではない。見せ場が必要なのだ。そして、見せ場をみせる息と所作が必要なのだ。

安倍晋三も大見得を切るのが得意だった。その言動が危険でも、危険度より「見得を切る」政治に人々は同調した。安倍ほどではないが、高市は、それを見て知っている。やり過ぎると叩かれることもわかっている。高市は、やり過ぎになる性格だが、そうなるとわかっているから、国会討論が苦手。党首討論などもっと無理。

「見得を切る」には、あらかじめ自分の本心にある思いを、ここぞとばかり、ぶっちゃける感情が前に出る。出なくては、客席を乗せられない。その癖が悪癖になることを知っている。つまり、論理的な話や議論は、まったくできない。感情の勢いで声を出す時、高揚感に浸り、言ってはならない言葉、言ってしまうと取り返しのつかないことでも平気で口にしてしまう。制御できないのだ。

 

この国は、30年の間に、見得を切るのが好きな人たちとその見得を切る姿がリーダーの姿だと信じる人たちによって、法においても、経済においても、国際社会においても、先進国とは言えない国に成り下がった。

アメリカの良心、国際社会の良識といったものが悉く破壊されている中で、人類の反省から生まれた国際的な良識や地球環境を守るという人類の果たさなければいけない勤めも、すべて放棄して、治世者や権力者の見得に魅了され、翻弄され、それが、じつは、そうした支配層のただの「見栄」が生んだ私利私欲であることを見抜けない。


この国は、見栄を見得と謀れて、疑うこともなく、亡国となる道を豊かさへの再生と勘違いする愚かな民衆の国に成り下がった。


 

 

死と向き合う

人の死と向き合うことは、容易なことではない。

 

家族であれば、それまでの親子関係、夫婦関係、親族・縁者との関係がその場面に凝縮されて来る。

一方、孤立死は増加の一途。

高度成長期から消費社会へとこの国の経済が豊かになるにつれ、核家族化の延長に、家庭崩壊や家庭内暴力、不和、対立が起きた。

低成長期になると家庭内にあっても個を求める時代が到来し、家族関係は変容した。それが、離婚率の増加、高齢離婚の増加にもつながり、働くこと、働く場にしか価値を見い出せなかった人々をセルフネグレクトへ導いた。

格差が明確になると、生活苦や貧困に遭遇しながら、社会的支援を求めることを恥とし、人に迷惑をかけてはいけないという核家族教育、学校教育の道徳観に縛られ、女性の孤立死も増大した。

幸いにして、家族、近親者に看取られながら亡くなる人でも、そうではない孤立死であっても、人それぞれに、幾通りもの人生がそこにある。韓国テレビドラマの名作『遺品整理人』に描かれている世界は、名もなく亡くなった人にあった「思い残し」を遺族や縁者に届ける話だ。

しかし、現実には、思い残しに触れてもらえることもなく、司法解剖もされず、人にも知られず、腐乱した遺体を焼却され、引き取り手のない遺品に眼をくれる人もいない。

そして、あたかもその人がこの世に存在していなかったかのように、行政の無縁墓地に合葬され、そこに手を合わせる人も、故人を偲ぶ人もいない。

少子高齢化がこれ以上進むと、ひとりの人間が10人以上の親族を看取る時代になる。だが、経済的にそんなゆとりは、いまの社会にない。益々、生きた痕跡すらない残らない人々の合葬の山が築かれていくことになる。

そうした社会や地域のあり方。弧の世界や死を自分たちの生活の日常に取り込まない。

若々しく、明るく、元気で健康であること。陽気で気さくで、誰とでも仲良くあること。ファッションやヘアメイク、スタイルの美しさが、食の豊かさが何よりも大事なように、街も職場も家屋も清潔で快適で、きれいなもの。

そこには、障害のある人の姿も、老いの姿も、内向的で人とうまくやれない人の姿も、生活苦から見すぼらしく見える人の姿も組み込まれていない。

そうした人々が死を迎えるとき、手を差し伸べる人もいなければ、寄り添う人もいない。公的支援はいろいろあっても、隣近所のつながりや同じ地域に住む人同士としての縁がなければ、その手を握って、大丈夫よと言ってくれる人も、怖がらなくてもいいと諭してくれる人も、あなたを忘れないと受け止めてくれる人もいない社会だ。

いま、この国に一番欠けているもの。そのすべてが死と向き合うという中にあるのではないか……。

ぼくが大嫌いだった祖父の死の看取りを20歳のときに体験し、大きな、大きな大事なメッセージをもらえたのは、社会にまだ死と向き合うという文化が残されていたからだと思う。それほど、祖父の死に様はみっともなく、だらしなく、身勝手なものだった。

あの死と向き合っていなかったら、きっとぼくは、劇作や演出の道に進まなかったかもしれないし、処女作を書くこともできなかっただろう。

だから、ぼくは思う。人の死は、どのようなものでも生きる人々の中で受け止めていかなくてはいかない。自分がいつ死んでもおかしくない年齢だから思うのではない。

そうではない社会。死や老い、病や障害、それを誤魔化して、見えないところに覆い隠さず、それも社会の中にあるひとつ。地域の中で受け止めていくひとつ。抵抗や隠したい気持ちもありとして、光の当たる場で話し合える社会であること。

そうした社会、地域を目指すことが、いまこの国の政治や経済、社会や街中で起きている様々な課題と向き合い、解決していく道しるべだ。


『死と向き合う』大慈学苑の取り組み  東映㈱より今月末リリース

死と向き合う案内













編む

子どもの頃、母の毛糸巻の手伝いをした記憶がある。

 

戦後数十年の庶民の家庭で、贅沢品ながら、ミシンは必需品だったし、裁縫箱はどの家にもあった。手編みのセーターやカーディガンも当たり前で、秋になると古くなった編み物を解き、毛糸玉にする。

いまは、ファーストリテーリングの拡大で、安価で使い捨て同然に、市販の服が買える時代になった。だが、当時は、服飾店や百貨店に行かないと既成の衣類やイージーオーダーは買えなかったし、廉価で売る商店街以外は、採寸してつくるオーダーメイド店が殆どだった。

勢い、台所事情から手作りできるものは、家庭でやる。冬の毛糸の衣類はその典型で、手袋やセーターは、母の手編みだった。中古の編み機を何処からか手に入れて一時使っていたが、機械が苦手だったからなのか、すぐに人に上げてしまい、母は手編みに拘った。

小学生は成長が早いのもあり、1年~2年生の時、着られていたものがすぐに着れなくなる。着られなくなったセーターを解いて、旧い糸と組み合わせ、サイズを大きくしたのを着せられる。

私は、両手を挙げ、左右に腕を揺らしながら、母が持つセーターの糸が解かれ、自分の手首に巻いて行く感覚が好きだった。一旦、巻いたら、今度は、母がそれを毛玉にしていく。

不思議なことに、その光景を昨日のことのように鮮明に覚えている。

形のあるものが解かれて、その姿を失くして行く。しかし、編直しすることで、柄や大きさの違う新しい何かに生まれ変わる。

成長や発展の基本には、何事につけ、それがなくてはならない。

 

SDGsが叫ばれる時代。スクラップ&ビルドは、依然として都市開発の定番で、欧州のように古い物を生かす街づくりには程遠い、この国。

だが、旧いものをただ生かすだけでは、時代の盛衰に付いていけない。旧い景観を今に生かす知恵がなければ、結局は、大手デベロッパーに風情のある街並みは、破壊され、どこにでもあるような無個性で、利便性と清潔感だけを追求しただけの感触のないタワービルが立ち並ぶだけだ。

私たちの国、世界は、このタワービル建築に象徴されるように、成熟社会から低成長社会へと移行する中で、見下ろす側と見下ろされる側に峻別されていった。

 

そこで「そんなのやってられねぇ」と登場したのが、反民主主義のうねりとグローバルから自国ファーストへの大転換だ。見下ろす側はより肥大さを追求し、見下ろされる側は、民主的でなない、強行な再分配と社会的地位の保全を政治に求め出した。

知性的であるより、野性的であること。思慮深さより無教養さ。タブーを守るより破壊。論理性より感情。直情的であり、無知で危険であっても、地雷原をものともしない、偏狭な意固地さ。

逆を言えば、知性がどうのこうの、思慮深さがどうのこうのと言ったところで、オレたちの生活楽にならねぇし、小難しいことばかりでスカッとしねぇじゃねぇかという情動が勝ってしまったのだ。

つまり、知的で論理的な思考や行動ではなく、短絡的で非論理的(カルト的)信念を信じようとし出した。

譬えて言えば、ヤンキーな奴、あるいは、ヤンキー崩れ。だから、非論理的で非科学的だけど、信念みたいなものがある。

窃盗であろうが、カツアゲであろうが、「暮らしをよくしてくれりゃ、それでいい」「オレんちの存在認めてくれれば、それでいい」といった輩が、軽薄さゆえにフェイク政治や愚鈍、愚集政治を支える。

これまで窮屈だったセーターの毛糸が解かれて行く、小気味よさ。心地よさ。そして、他人の毛糸玉でも、糸を合わせて編直すとゆったり、気持ちのいい着心地になる。大事なのは、略奪したことよりその心地よさ。

いままで、「バカっじゃないの!?」とか、「あいつ数に入れねぇ」とか言われ、自尊感情が希薄だった人間が、その心地よさを味わうと何でもありの世界になって行く。

だが、その無教養と無知性では、採寸通りのセーターを編むことはできない。気づいてみれば、着心地のよくない、左右の腕の長さ、丈の短い、歪なセーターを着る羽目になる。

人から、取り分け女性から手編みのマフラーやセーターをもらうのが、思春期の頃から嫌だった。気持ちは嬉しいし、ありがたいと思うが、決して上手とは言えない、手編みの物ほど、身に付けるのに困る。それに、私は、子どもの頃からイングランドスコットランド調の毛糸物が好きで、趣味に合わないからだ。

当然、くれた女子にそんなことは言えない。だが、少しするとくれた子も身に付けてない私の姿に気づいてくれるのか。そっと傍から離れてくれる。

そう。自分のこだわりをきちんと示す。自分の考えや意向を示す。かっての女子には悪いが、それが着心地のいい毛糸物との出会いにつながる。





 





 

 

 

たたらを踏む

私が幼い頃は、犬や猫、牛や馬の糞が道端に落ちていることがよくあった。

戦後まだ、20年満たない頃のこの国で、野良犬が猫があちこちにいたし、農作業に牛や馬を使う農家も、まだあったからだ。道路も主要道路以外は、まだ、砂利道か砂利さえ敷かれない道がほとんどだった。

外で飛び回って遊ぶ子どもたちは、だから、何かの拍子に道端の糞を踏んでしまう。「わぁ。臭い!」と囃し立てられ、仲間たちから揶揄われ、汚れたズックのまま家に帰る。

母親に叱られるかと思い来や、「馬の糞を踏んだんなら、足が速くなるね」と笑って許してもらえた。

いやいや。それはいくらなんでも論理の飛躍でしょう。ていうか、あり得ないでしょう。とは思うが、運動会の前になると、「馬の糞、踏みに行こうぜ」と言うおバカな奴もいた。徒競走で一番になりたいからだと言う。

どうなんでしょう。それは? と内心、軽く笑っていたが、そんな迷信が実しやかに語られるのは、踏むという所作が、何か神格的で、日本人の文化を象徴するような身体所作のひとつだからだ。

それがわかったのは、俳優の養成と芝居の演出のために、演劇の身体性や古典芸能の所作を学ぶようになってからだ。それは、たまたま子どもの頃やっていた剣道の所作にも通じた。

踏むには、いろいろな踏むがある。

韻を踏む。二の足を踏む。地団駄を踏む。薄氷を踏む。虎の尾を踏む。同じ轍を踏む。塩を踏む。蹈鞴(たたら)を踏む……。

ざっと挙げても、韻を踏む以外は、踏みたくないし、踏んでしまうと何かと面倒を引き起こす慣用表現。それだけ、踏むという所作は、心して踏めということになる。

相手や物事に怖れをなし、躊躇して二の足を踏めば、機を逃す。だからといって、風を送る蹈鞴(たたら)の板を空で踏んでしまうと前のめりになり、勢い余って、前に倒れる。

「踏む」という動作は垂直の動きだけでなく、体を前に押し出す力にもなる。剣道では左足をエンジンにして、右足へ体重移動して踏み込むことで、腰を軸に上体が垂直に前に出る。つまり、姿勢を垂直にしまま、相手の前に踏み出ることができるのだ。

これは、能楽、歌舞伎、日舞、伝統舞踊のすべてにある所作の基本。からだの軸を垂直に保ちながら、上半身の力を抜き、しなやかに動く。

踏む動作が上手にできない人は、武道でも芸道でも一流にはなれない。同時に、かつて鍬を持ち、山野を拓き、田畑を耕す上で、この踏むと言う所作は、基本にあった。農耕文化を通して、日本人の所作がつくられてきた典型的な実例であり、歴史だ。

いま、旧き日本を守るとか、日本を世界に咲かせるなど、安倍政権時代の「美しい日本」擬きが、政界でも大衆にも広がっているらしい。

いまの世界情勢を考えると「二の足を踏んではいられない」。言いたいことを言って、思い知らせてやれ。何ら武力で押し返してやれと……これまた威勢のいい言葉が巷で飛び交っている。

だが、トランプでさえ中国との対立は自制してくれと言うように、世界情勢は、そうした上半身の力だけで無事に済む情勢ではない。簡単に、いつでも「虎の尾を踏む」ことできる世界。地団駄踏んでも、二の足を踏んでも、蹈鞴を踏むように前のめりになり、日本人本来の所作、作法を忘れ、つんのめってしまうと怪我をすることになる。

自分の体力、身の丈、体重を計算に入れ、前へ押し出す下半身の推進力で垂直を維持したまま、相手を圧倒する。それは、国民生活を犠牲にした、なけなしの武力ではなく、外交という精神力の力しかない。

強い日本などと言う前に、先にやるべきことは、過去30年ですっかり衰えてしまった、この国の足腰の鍛錬、つまり、国の活力の源泉である、国民生活の安定と豊かさだと知ることだ。

それがなければ、蹈鞴を踏む。その先で、道端の糞を踏んでしまうことになる。





サルトルのいない世界

ぼくらの社会、世界、地球から、いまいろいろなものが失われている。

正確には、失われているのではなく、失わされている。もしくは、失うことの意味をしらないまま、自ら手放している。

2019年に公開されたイギリス映画に「Yesterday」がある。

ご覧になった方も多いだろう。何と言っても、〈もし、世界にビートルズがいなかったら〉という誰も思いつかなかったような主題だったからだ。

ビートルズは、まだ、当時10代だった団塊世代に火が付き、それがわずか数年で世代や階層、国境を越え、誰もが知るロックバンドとなった。リバプールの貧しい階層から世界を席巻するミュージシャン、バンドが登場したのだ。

当時は、エレキ禁止とか、ロックは騒音と法においても、規則でもエレキが排除されていた時代だ。戦争を生き抜いたことを誇りとする、保守的で、専制的な親世代へのアンチ行動だから、当然、旧い世代に嫌われた。

その10年前から、ロックンロールブームがあった。もともとは黒人音楽から生まれたものだが、サックスに変り、エレキギターを持ち込んだのがプレスリー。彼の登場から、すでに予兆があった。

ロックンロールは不良の音楽と言われ、親世代から疎ましがられていたからだ。

知らない人もいるが、実は、プレスリーなくして、ビートルズはいない。ビートルズは、無名時代、カントリーロック、いわゆるプレスリーのコピーをやっいたのだ。デビュー当初、オリジナル曲、ヒット曲には、プレスリーの影響が拭えない。

ビートルズの偉大さは、解散に向かう中盤から後半期にあるとぼくは思っている。

熱狂するエネルギーの創造へ若い世代を導く道から、内省、思考する想像力へと人々を導く道へ変化して行ったからだ。それは、時代もあった。アメリカの公民権運動やベトナム戦争反対運動とも無縁ではなかった。

ビートルズは、アンガージュマンの実践者となっていったのだ。バンドの解散もそれと無縁ではないと思う。ジョン・レノンポール・マッカートニーの音楽をエンターティメントのみの世界ととらえるかそうではないのかの相違は大きかった。

アンガージュマンとは、サルトルが提唱した言葉。「自らが主体的に社会や世界に関わり、社会や人類の未来に責任を持って行動すること。つまり、自らに責任を問い、責任を果たすべく、自らを拘束すること」

簡単にいえば、サルトルが言いたかったのは、インテリと言われる識者、学者、研究者などの知識人など、社会行動を伴わないで上位の階層にいる者。自らの生き方(存在)を問うことをしないで、いまさえ好ければ、他はどうなろうとしならないという富裕層や娯楽だけに生きる人々に、自らの責務として、社会参加と行動を呼びかけだのだ。

いまでは、サルトルを批評し、サルトルを越えて、新実存主義が登場し、多くの識者がこれを提唱している。サルトルだけではないが、当時の実存主義者には社会参加、社会行動の上で限界があった。お坊ちゃま君が多く、彼らは、社会の現実にある、通俗的なもの、土俗的な文化へのコンプレックスが強過ぎたからだ。

結果、プーチンやトランプ、ネタニヤフ、習といった、専制主義者、国家統制社会主義者ファシズム)の登場に実に無力だった。

だが、だからと言って、サルトルが無効だったわけではない。ビートルズがそうであったように、サルトルなくして、ハイデッカー、キェルケゴールベルグソンニーチェ、カントを知る人、学ぶ人は少なかっただろう。

そして、このどうしようもないクソみたいになった世界で、もしサルトルがいなかったら、民族主義や自国優先主義、そこからもたらされる、差別主義、格差容認主義、腐敗政治にNOを突き付ける人も、社会参加や社会行動を呼びかける人々もいなかったに違いない。

自己の幸福追求が他者の暴力の根源にある。ぼくがよく使うこの言葉は、サルトルと出会っていなければ、ぼくの中に生まれていなかっただろう。

果たして、首相指名の国会で、社会や未来のこれからに自ら責任を持ち、何人の政治家が国民、国家、世界のための選択ができるだろう。だが、その選択の結果は、等しく、国民一人ひとりの民度を表し、アンガージュマンできている国かどうかの尺度となる。

政治は妥協の芸術だと言った人がいるが、そんな政治に飽き飽きしている、この世界のクソみたいな現実に、その言葉は意味を持たない。











むちの鞭

先月下旬のことだ。二十年振りくらいに、自転車で転んだ。

自転車事故で一番多いのは、ハンドルに掛けた買い物袋が車輪のスポークに挟まり、突然、自転車が転倒して起きる自爆事故。歩道では通行人を巻き込む危険がある。車道であれば、倒れた後、後続車に撥ねられる危険もある。

これをやってしまった。

気を付けていたのだが、梱包用のプチプチのロールひとつだけだからと油断した。結果、そのロールが挟まって転倒。手首・左膝を打撲し、前歯の差し歯が折れて抜けた。

道路を走っていたが、後続車がなかったことで、大事に至らなかった。30年近く乗ってる、愛車プジョー・クラッシックも無事。しかも、打撲だけ。

だが、抜けた前歯の破片が残っていたらしく、二日後からそれが化膿し、腫れあがってしまった。左膝は、半月板損傷。整形外科、耳鼻咽喉科、内科、歯科と行ったり来たり。

「入院した方が楽だったのでは?」と、かかりつけの内科医。確かに、痛みを抱えて、猛暑の中、足を引き摺りながらのMR CT 診療、治療の右往左往は疲れた。

ぼくを知る人の中の一部では、ぼくのことを奇跡の人、不死身の人と囁ているらしいが(笑)。 今回も、2週間程で剣道の稽古が再開できるほど回復した。仕事は遅延し、溜まってしまった。左膝を引き摺り、庇っていたせいで、右膝にも痛み出ているが、大分回復している。

 

年相応と言えばそうかもしれないが、ジョギングで偶然知り合った、同輩の軽快な走りを見ると負けてはいられないと、生来の負けん気、運動好きが疼いてしまう(笑)。週三回の朝トレを当面、一回に。ジョギングの距離は5Kから2Kに。医者の言うことは聞くことにした。

ご存知のように、痛みは、体の不具合を知らせてくれる信号。痛みがあることで、私たちは自分の体の点検、治療、回復法を探り当てている。

だが、この痛み、恒常的になると馴れるしかなくなる。「病気とうまく付き合う」という言葉がある。慢性的な疾患や持病、加齢による関節痛などの痛みは、完治できない。だから、痛みとうまく付き合っていくしかない。近年、ペインコントロールも普及している。

以前、思春期青年期に自傷行為をやっていた女性の取材をしたことがある。

彼女の話を聴くまで、書籍や知り合いの精神科医からの情報で、「自傷は、精神的に混乱し、自己喪失しそうになる時に起こす」という言葉の意味がよくわからなかったが、体感を通した彼女の言葉で、痛みのもうひとつの役割に、はっと気づかされたのを覚えている。

一般に、親子関係や成育歴から自尊感情の希薄な人、取り分け女性の場合。自傷行為が起きやすいとされるが、それは、単に自分のからだを傷つけることで自己否定しているのではない。自己を維持するために、あえて痛みを得ようとしているのだ。

言い換えれば、痛みを生存の糧にしている。確かに、痛みは生きている証。

だから、痛みは程度の問題はあれ、セックスの快感のために使われることもある。フロイトが、「エロスとタナトス」という言葉で、生の本能と死の本能が人に共存すると明らかにしたのは、痛みを人がどう捉えるかということと無縁ではないと思う。

いま、欧米先進国や日本に広がっている、右傾化の波や排他的な国家主義の広がりとそれを支えている人々の姿を見ると、どこか自傷行為のように見えるのは、ぼくだけだろうか。

アメリカの統計でもわかるように、強圧的政治手法や外交、排他的国家主義を主張する人、支持する人たちは、押しなべて学歴が低いか、これまでの階級社会、階層社会で、社会的評価が高くない人々が多い。つまり、自尊感情の拠り所が社会にないか、希薄な人たちだ。だから、トランプはエリートを嫌い、アイビーリーグ名門8校を目の敵にしている。

だが、これを支持するのは、単に格差で明日の生活に困る人だけではない。一定の生活の安定があっても、その学歴、職歴、出自から社会的評価を得られなかった人たちも含まれている。こうした人々は、旧統一教会と同じく、家父長制や家族主義、地域主義を唱える。団結させるためだ。トランプは、旧統一教会で言う「マザー」の役割を担っている。

参政党代表が日本人ファーストなどと言いながら、アメリカファーストの如く、トランプ崇拝者なのは、いくら旧統一教会との関係を否定しても、それに拠っている。

石破を首相の座から引き摺り下ろそうとしてる、旧安倍派の4人組も、裏金問題だけでなく、旧統一教会の支持と恩恵を受けて来た連中。

だが、支持者たちは、それもフェイクニュースだと否定する。自分たちが支持する皇帝やマザー、代表の言葉しか信じない。

だが、正確には、信じないのではない。信じたくないのだ。欧米においても日本においても、この情報化社会の中で、狂信的国家主義を受け入れ、支持し続けるためには、盲信しなくてはいけない。一旦、疑念を持ってしまうと、自尊感情の拠り所が一気に崩壊する。

それは、また、社会的評価の得られない、ただの普通の人、もしくはそれ以下に弾かれてしまう。その恐怖と盲信することの危うさを天秤にかけると、鞭を振われる側より振る側にいた方が安全だと思ってしまう。

自民党に限らず、政治が信頼を回復できる施策を国民ファースト、地球ファーストで矢継ぎ早に実現し、ああ。鞭ではなく、共生という「鞭を振わないでいい、居場所があるのだ」と証明しない限り、それを止めることはできない。

この国は、その大きな分かれ目にいる。












 

 

いわしのあたま

「青物の魚は苦手」そう言う人は少なくないだろう。

 

確かに、アジ、サバ、コハダ、イワシといった青い魚は、他の魚に比べて、収穫した時から臭いが立つ。悪くなるのも速いし、太平洋で収穫されるそれらには、アニサキスという寄生虫もいる。

 

江戸前の鮨に見られるように、生だと当たるので、酢で〆て食べるか、干物にするのが普通だ。

イワシは、鰯と書くように、青物魚の中でも特に足が速い。取れ立て、新鮮で身のしまったイワシは、刺身にすると実に旨いのだが、現代のように保存、保冷設備がなかった昔は、干して目刺しにするのが当たり前だった。

庶民食の定番。だから、鰯のことをイワシと呼ばず、目刺しと呼んだ。干した鰯を運ぶのに目に枝や藁を刺して、何匹かまとめて売る。それを朝、昼の食事で、汁物と漬物で食べる。目刺しは、頭から骨、内蔵まで食べられるから、甘じょっぱい。ご飯が進む。

東日本では、正月に鮭を食べるが、それは祝い事の時だけ。庶民には贅沢食だった。江戸落語にも、「熊の野郎。てめぇ。店賃も払わねぇで、朝からシャケなんか食ってやがる。おい! こら! どういう了見なんだ!」と大家さんが怒る程だ。

ぼくは、小学生の頃まで、目刺しの頭が食べられなかった。頭を捥いで食べるものだから、ある日、父に叱られた。「鰯の頭も信心からっていうやろうが。鰯は頭から食べるのがいいとぞ」

まったく意味がわからない。何で鰯の頭が信仰心と結びつくのか?

「つまらんもんでも、一旦、そうと信じ込んでしまえば、鰯の頭でも、どげなもんでも拝めるってことたい」

なるほどと合点しながら、それでも、どうして、鰯の頭なのかがわからない。だが、父はそれ以上、解説せず、ぼくが皿に避けていた、鰯の頭をパクリと口にした。

実は、古来から、2月から3月、節分に合わせて、鰯の頭を柊の枝に差し、家の玄関や土間口に飾るという風習がある。いや、あったと言うべきだろう。いまでは、大店の家がくなり、平土間のある家も少なくなかったし、生ごみと同じで臭いもするから、狭い家では無理だし、近隣の家にも臭いが広がって迷惑をかける。

 

だから、今では、限られた伝統的な家屋でしかやられていない。


節分は、旧暦でいえば、正月。その新年を迎えるに当たって、無病息災、家内安全を祈る風習として、「柊鰯」という祭事があったのだ。

鰯のような青物魚の鼻を突く臭いと柊の枝や葉が尖っていることから、鬼や邪気、悪しきものを退散させる力があると信じられていた。これが転じて、「鰯の頭も信心から」という譬えが生まれた。


だが、実は、この鰯の頭が邪気を払うという風習。実は、科学的根拠がある。


ご承知の通り。青魚には、血液をさらさらにするEPAや脳の働きを活性化させるDHAが豊富。それに、細胞の新陳代謝を促進し、髪や肌にもいい。口内炎などの予防になるビタミンB2も豊富だ。つまり、健康維持、促進、老化防止にはこれとない食べ物。

他の青魚ではなく、鰯を風習としたのは、大量に取れ、値段も安く、捨て置いても懐が痛まないということもあっただろうが、節分に新ためて、青魚をしっかり食べて、健やかに幸せに暮らそうという庶民の願いがあったのだ。


ことほど左様に。伝統や風習。古来からの言い伝えというものは、バカにはできない。だが、脚気治療に、古くから混布や大豆がいいと言われてきたように、伝統文化には、それが生まれた根拠や背景、当時の社会生活、そして、経験値から導かれた科学的根拠がある。


日本の伝統文化は、日本人が固有に生み出して来たものではない。私たちDNAには、朝鮮半島や中国、モンゴルのそれもあれば、中東、南アジアからのそれもある。日本だけではなく、世界が、古来から交わり、いくつもの国、地域の血を混じらせて、いま地球のここにいるだけだ。

古来から伝わる文化には、それを生んだ背景があり、同時に科学的、人文学、文化人類学といった学術、科学がある。


意味もわからず、科学的根拠もなく、ただ、拝んでいたわけではない。


大学の教養で、古事記日本書紀・続日本書紀を学んだが、その歴史書は、時の治世者によって、書き換えられ、デフォルメされ、治世者の都合のいいように、ストーリーがつくられていた。物語は、勝者がつくる。取り分け、古代、近世の歴書には、改竄が多い。

だが、少なくとも、古代から現在に至るまで、変化と遂げながらも、受け継がれた来た、伝統文化には、人々の知恵と経験を生かした科学的根拠があるのだ。


それが説明も理解もできない、伝統文化論者は、蘇ったミイラと同じ。それを鰯の頭のように信じたい人、信じる人は、実は、伝統文化が何かもしらない。

そうした人たちは、国を守ると言いながら、すべてを亡ぼす人たちだ。