秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

言葉のマジック

人には裏腹な思いというものがある。

真実や事実がわかっていながら、そこから目をそむけ、それを語ることをためらい、隠された本質を違う言葉で語ることがある。

とても好意を寄せている異性がいながら、まるで関心がないかのようにふるまうこともあれば、異性を意識していないかのように、ぞんざいにふれあい、邪見な態度と言葉でからかうこともある。

あるいは、いい友人、いい仲間、いい同僚、いい先輩、いい後輩といった差しさわりのない関係の枠組みにとどまり、それにふさわしい言葉の関係でいることで、こちらの本意を隠そうとすることもあるだろう。

そこに使われる言葉は、本来語らなければいけない本質的な言葉ではなく、自分の意志や思い、思惑を相手に気取られまいとする言葉だ。

だが、それは本人の計算とは違い、簡単にそのマジックの種を見透かされてしまう。

「咳と恋は人に隠せないのよ」。私の好きな韓国映画の名作にこんなセリフがあった。

自分にもわかってる道理がありながら、それを隠し、まるで別の道理があるかのようにふるまい、語る言葉は、その表情や態度、目の動きといった言葉とは違うもので見透かされる。

かりに、そうしたものでは
見透かされなかったとしても、道理をわきまえ、知性や理論、ごく普通の感覚を持つ人たちからすれば、マジックの種はすぐにバレてしまう。

人がその思いと裏腹な言葉を語るとき、そこになにがしかの理由がある。勇気がないときもあるだろう。自信がないときもあるかもしれない。あるいは、自分の無知さや無力さが恥ずかしいからかもしれない。なにかの圧力があるからかもしれない。

そして、あるいは、強く何かに執着して、自分のその執着を隠すために、ごく普通の道理や筋道、人の言葉や意見に耳をふさぐ。ふさがなかったとしても、道理が通らない言葉のマジックでごまかそうとするだろう。

人は何かに執着するほどに、言葉のマジックを使いたがる。だが、それは自らが、マジックを使わないと道理にかなわないということをよく知っているからなのだ。

参議院で続く、安保法案の審議。かつての野党が屁理屈を捏ね、重箱の隅をつつくようなことをやっていたが、いまは、この無理くり法案を通そうとする与党がそれをやっている。大局を語り、真実を語り、言葉を届けようとしているのが野党で、与党は必死で強引に辻褄合わせをしている。

衆議院のときより、はるかに説得力のある質問と意見が野党に多い。おそらく、関心のある国民、仮になかったとしても、与野党のやり取りを聞いていれば道理がどちらにあるかは一目瞭然。

以前からいっているが、経済に関連する問題、被災地の問題、教育の問題、子育てや高齢者、福祉、労働の問題など、国民の生活に直結する課題は山積している。道理に通らない、国民とって緊急の課題でもない、安保法案を通すために言葉のマジックを政権が楽しんでいる間に、国のあるべき政治が停止している。

経済が抜き差しならない状態になっている。世界の国々がこの対策に奔走している。軍事を前提とした抑止や対立よりも、世界中がそれぞれの国のために、他国と語り合わなくてはいけない経済情勢がそこにきている。

言葉には力がある。物事を解決し、和解や協調、連携を生むのは、言葉のマジックだ。それを間違えてはいけない。使い方が愚かしい。