秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

それだけで美しい…

私が小学生のとき、児童合唱団が全国各地にあって、活発に活動していた。戦後、青少年健全育成を目的に、合唱が盛んに取り上げられていたのだ。

中には、NHK児童合唱団のほかに、西六郷少年合唱団など有名な合唱団があった。1498年に聖歌隊として誕生したウイーン少年合唱団は秀逸だった。

1962年に公開された「青きドナウ」は、私も家族で劇場で見た記憶がある。合唱団に厳しい選抜試験と妥協を許さない声楽訓練があることを初めて知った。そして、声変わり前の少年の間しか、そこで歌うことができないという過酷な現実があることも。

だが、その透き通った人の声でつくられるアンサンブルとハーモニーの素晴らしさには圧倒された。私は、そのソプラノやアルトの透き通った音を真似るように小学生の頃、よくひとりで児童合唱団の唄を歌っていたのを覚えている。

このところ、睡眠不足の毎日。さすがに、ドタキャンしようかと思ったが、昨日、東京福島県人会のU副理事長と約束していた、コンサートにいってきた。

約束を反故にしなかったのは、安積黎明高校(旧安積女子高校)のOGでつくる合唱団が出演していたからだ。また、福島県の支援事業を音楽、とりわけ、声楽を通じて実施している団体があり、そのNPOの代表者を事前に紹介されていたこともある。
県東京事務所の所長さんからも宣伝協力を依頼されていた。

だるい体を引きずって、義理だけ果たそうと思っていった「ふるさと ふくしまに寄せて」チャリティコンサート。疲れで眠気は襲ったが、人の声がつくる、いろいろな思いを体感させてもらった。プロのオペラ歌手はもちろんだが、安積黎明フィメールコールのアンサンブルとハーモニーの複雑さと素晴らしさは、行く価値があった。

人には人それぞれの思いがあるだろう。普段の生活の違いもあるだろう。日常の煩雑さの前では、つながりたくても、つながりえない状況もあるだろう。

たとえば、福島のように、同じ県内でも、被災や被災後の姿は違う。人それぞれの被災の度合いも復興のそれも違う。だから、心ひとつなどという美辞麗句を私はいまでも使わない。

しかし、思いを届ける、つなぐのに、一番いいのは、人の声だ。私はそう思っている。
決して歌ではなくても、言葉でも、人の声だ。もし、それを通して、本来、つながりえない、バラバラの人の思いがある時間だけでも一つになれたと思えたとしたら…

それは、どんなにか、それを発する人たちも、また、その声を受け止める人も、幸せだろうか。私は、震災からしばらくして、安積黎明と葵(旧会津女子)の合唱団が合同で歌った「瑠璃色の地球」を聞いたことがある。鳥肌が立った。

彼女たちは言葉にはしていない。だが、その曲を通じて、その声を使って、傷ついた福島を、つながれない福島を結ぼうとしているように、私には思えた。そして、その福島を他県の人に、全国、世界の人たちに知ってもらおうとしているように感じたのだ。

思いをしっかり持つ人たちの声は、それだけで美しい…