秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

神話の崩壊

神話の崩壊。それがいまの私たちの時代の姿だ。

それは、軍事・エネルギー・食糧・IT・DNA・物流…といった、いわゆる国家やアジア、欧米といった地域安全保障における世界的規模での「神話」から、日々の生活を支えている政治や行政、制度といった既存のしくみにおける「神話」まで、すべてが安全でもなく、安心でもない。

もっといえば、家庭における生活の安全から、家庭内における家族関係、さらには、地域の生活の安全から、地域の人間関係。そして、企業や組織、団体における安全から、その内部における人的関係や結びつきといったものまで、これまであった「神話」は崩壊している。

神話の崩壊を生んでいるのは、信頼の基本にある基軸と価値が失われていることにある。失われているのは、いつもいうように、多様性と過剰流動性が世界共通の問題となっているからだ。分散し、それぞれがそれぞれだけの価値と基準を持つようになり、そこに弧が乱立するようになった。
 
個ではなく、弧。
 
個の集合であれば、それはひとつの基軸や価値を共有できる道がある。つながりを持ちうるから、個は、集合して組織や団体を形成でき、それが共有のなにものかを創造できる。あるいは、これまであったそれらに、不安なく帰属できた。
 
だが、集合すること自体が脆弱化している。いうまでもない、明確な集団の基軸と価値を堅固に共有できないからだ。弧となると、他者との関係性によって変化し、対応し、適応するという共有のプロセスを生きられない。
 
便宜的に、弧を維持させるために、ただ単につながっているだけで、そこに物事を共有するための基軸や価値はない。

もっといえば、ほかの弧に対する尊厳や尊重、尊敬といった深い価値を見出さない。いわば、記号や機能のひとつとしてしかとらえない。そこに、なにごとかを共有する基準や価値は出現しない。いまこの国の政党もしかり。だが、それはこの国だけのことではない。

 
私たちは、この便宜性に陥った現状とその拡大を防ぐことはできないのだろうか。

そのためにまず必要なのは、組み換えや序列、配列変化によって、弧が個へ立ち戻る安心を創造することだ。記号化、機能化している弧に集合することによって得られる、ダイナミズムをインプットすることだ。

崩壊した神話を詭弁を弄して、取り戻せるようなごまかしをせず、神話が崩壊したあと、神話に依存せずとも成立する、新しい集合のあり方を提示することだ。

だが、このチャネルの変更、大胆なパラダイムの変革に、まだ、私たちは疑心暗鬼なままだ。
 
生活の中に、いままでありえないと考えていた事件・事故が日常化し、社会に、そんなことがと思える非常識とまやかしが乱立する。そして、世界に、あるべき秩序と相互依存の関係の破壊が続いてる。
 
神話に頼り、神話の中でしか生きられない人々がつくる、この国、この国の地域、この世界…。

神話が成立しないことを震災で学びながら、先の戦争やその後の内戦、紛争、戦争で学びながら、神話に依存して、ありきたりな都市を志向する被災地…。神話は終わりながら、まだ暴力と虐待をやめない中東…
 
そして、この国の愚かな政治。