秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

人を思い、漂う謙虚さ

NHKに黄金時代といわれる時期があった。テレビというある意味、いろいろな制約がある中で、その限界を組み込みながら、内容の深いドラマやドキュメントを量産していた時期だ。
 
筆頭のひとりは、私の最初のかみさんの恩師でもある、がははのおじさんと異名をとった、和田勉氏。NHKを退職後、しばらく母校の一文演劇科で教べんをとっていた。
 
後年、NHK主催の映像研修ワークショップで、和田さんとお話しする機会があり、懇親会で同席し、得意の役者論をとどまることなく聞かされたのを覚えている。

タレントや芸人は役者ではない。タレントや芸人をやる役者は役者ではない。役者しかできない人を役者というのだ…私もまったく同感だったし、いまもそう思っている。

向田邦子の『修羅のごとく』や近松の『女殺油地獄』など、画期的な演出と得意のクローズアップ手法で革命を起こした。

同期に、『未知への遺産』とこれをもとにしてスタートした『シルクロード』でドキュメンタリー作家として不動の地位を築いた吉田直哉氏がいる。
 
 
わが国の免疫学の草分け的な存在、吉田富三博士の三男だ。『日本の素顔』『NHK特集』の生みの親であり、高度成長期の繁栄の裏にある社会の現実を描き、良質の学術番組制作の扉を拓いた。
また、ドキュメンタリーでは世界のテレビ祭で高い評価を受けた、『川の流れはヴァイオリンの音』などの佐々木昭一郎氏もいた。

上杉謙信を描いた『天と地と』や福島の自由民権運動で日本近代の矛盾を描いた『獅子の時代』の清水満さんは、その少し上にあたる。
 
満さんとは、ひょんなことから御縁をいただき、個人的にもお付き合いがある。ほぼ同期に近いのが、昨日亡くなった深町幸男氏だ。

大岡昇平の実話に基づく、名作『事件』を初ドラマ化し、のちに映画化もされた。向田邦子山田太一の作品には欠かせない演出家だった。和田勉氏とならぶ、名演出家だった。民報でも多くのドラマを制作。
 
深町さんの演出は、脚本のよさを最大に引き出す演出だった。見ていて、2、3分もすると、深町さんの演出だということも、脚本がだれかということもすぐにわかった。

すぐれた映像作家・脚本家というのは、おしなべてそうだと思う。映像においても、脚本の世界においても、あの人だな…という独創性や個性、特色がある。しかも、それが独創性などの個性だけに終わらず、人を惹きつけ、多くの共感を生む。
 
最近では、是枝監督や園監督、若手では、石井監督や大森監督などがそうだ。いわゆる大衆受けする、どこにでもあるものではないなにかが、それぞれのこだわりや体質として明確に立っている。それは、ある種、においといっていいものだと思う。

そして、それが漂うという謙虚さを伴っている。決して、押し付けでも、断定でもなく、そこはかとない空気として、人々の心に迫る。
それは人を知り、人をいとおしむ思いがなければ生まれない。

その道を拓いた才能がまたひとつ使命を終えるように旅立った。