シャリーズの言葉
I love the mysteries of the world and of life, and I don't necessarily want to figure them out.
fbでときどき、Chalrizeのコメントをリンクしている。この言葉もそれ。
彼女は本当にクレーバーな人だと思う。人間のどうしようもない現実とそれが導く不条理をよく知っている。
本来、バレリーナを夢みながら、生活のために、その長身とスタイルを武器に、パリコレのトップモデルとなりながら、それを全部捨てて女優の道へ進んだ。
マリリン・モンローがそうであったように、当初、仕事はおバカなセクシー女や金持ちの情婦、映画を観る人の箸置きのように、その体を露出するだけの仕事。
だが、彼女の本来からあった人間的な魅力や人知れず積み重ねた努力で、着実にステップを上った。初期の出番わずなかな作品でも、気になる芝居をしている。
そして、「MONSTER」でアカデミー主演女優賞を受賞する前から、その美貌ではなく、演技力で多くの注目を集め、名作といえる作品で準主役や主役を演じていた。
社会問題や女性問題への関心が高く、とりわけ、アフリカ支援の活動では、自ら私財を投げ出してプロジェクトを実施している。教育、医療、妊婦や子どもへの支援が中心だ。彼女自身、南アフリカ出身で、アパルトへ―ト(人種隔離政策)も目の当たりにしている。
同じように、アフリカや被災地の支援をしていた、晩年のオードリー・ヘップバーンにも似ている。
社会問題や女性問題への関心が高く、とりわけ、アフリカ支援の活動では、自ら私財を投げ出してプロジェクトを実施している。教育、医療、妊婦や子どもへの支援が中心だ。彼女自身、南アフリカ出身で、アパルトへ―ト(人種隔離政策)も目の当たりにしている。
同じように、アフリカや被災地の支援をしていた、晩年のオードリー・ヘップバーンにも似ている。
彼女のそうしたアフリカへの温かなまなざしと取り組み、それでいながら、芝居の中でみせる悲しげで、おびえた表情、あるいは頑なといえる無表情…それは、いみじくも、アンネと同じくゲシュタポに追われ、いのちの危機にあったオードリーと同じ。幼い頃の体験からきている。
15歳とのとき、アルコール中毒でDVだった実の父親が、酔って帰宅し、自分をレイプしそうになった。そして、娘を守るために、母親が彼女の眼の前で、父親を銃で殺害した。母親は正当防衛が認められ、罪には問われなかった。
そうした殺伐とした家庭に育ち、稼ぎ手のいなくなった母親と自分の生活を支えるために、バレリーナをあきらめて、すぐにお金になるモデルの道へ進んだのだ。
彼女が主演女優賞を受賞した「MONSTER」は、実在する連続殺人犯の女性をモデルにしている。クランクインする前、そしてクランクインしてからも、彼女は幾度となく、死刑囚の女性と会い、事件の真相を知ろうとした。映画をみると、まるで瓜二つといえるほど、犯人と造形も真似ている。まさに形を真似している。
彼女が主演女優賞を受賞した「MONSTER」は、実在する連続殺人犯の女性をモデルにしている。クランクインする前、そしてクランクインしてからも、彼女は幾度となく、死刑囚の女性と会い、事件の真相を知ろうとした。映画をみると、まるで瓜二つといえるほど、犯人と造形も真似ている。まさに形を真似している。
その中で、彼女も女性の死刑免除の運動に参加した。罪はつぐなわなくてはいけないが、そこには女性であるがゆえの背景と本人の教育のなさが要因にあったからだ。だが、映画公開の日に、その女性の死刑は執行された。
シャリーズの人生はその思春期から不条理と理不尽さに満ちている。しかし、それを心の傷だけで終わらせず、同じように心に傷を持つ人、その救いの側に女優(役)としてまわることで、自らの心の傷を乗り越えてきたように思える。いわゆる、PTG(Posttraumatic Growth)を自ら実践し、そして実現した。
シャリーズの人生はその思春期から不条理と理不尽さに満ちている。しかし、それを心の傷だけで終わらせず、同じように心に傷を持つ人、その救いの側に女優(役)としてまわることで、自らの心の傷を乗り越えてきたように思える。いわゆる、PTG(Posttraumatic Growth)を自ら実践し、そして実現した。
冒頭の言葉にあるように、すべてに白黒をつけるような人には、自分の傷も乗り越えられなければ、他人の心の傷をいやすこともできないだろう。
アカデミー賞受賞のあと、ニューヨークで彼女のロングインタビューがあり、それをNHKBSが特集で放送したことがある。インタビュアーのどの質問にも、その知性や教養の高さ、センスのよさを感じさせる答えが続いた。
アカデミー賞受賞のあと、ニューヨークで彼女のロングインタビューがあり、それをNHKBSが特集で放送したことがある。インタビュアーのどの質問にも、その知性や教養の高さ、センスのよさを感じさせる答えが続いた。
御存じのように、アメリカには日本のようなプロダクションはない。ユニオン(俳優協同組合)になっているからだ。いるのはユニオン所属のエージェント。オーディションや決定後の段取り、連絡はやってくれるが、すべて俳優個人が詳細な内容への対応はしなくてはいけない。つまり、仕事もそうだが、自分自身の知性や教養も自分で磨くしかない。
日本と違い、ハリウッドやブロードウェイは、俳優の学歴がじつに高い。名門ハーバード大やエール大卒は珍しくない。だから、演劇や映画の知識や教養も高い。それでいながら、低所得者層の芝居も、アクションも、歌や踊りの芝居もこなす。その中で、役をとるということは想像を越えた努力がいるのだ。当然、知性や教養、演技力は学歴にかかわらず、磨かれる。
そしてなによりも、人間として、ひとりの俳優として、その生き方や歩み方が問われる世界でもあるのだ。
そしてなによりも、人間として、ひとりの俳優として、その生き方や歩み方が問われる世界でもあるのだ。
小賢しい打算や要領のよさが通じない世界。本物を知り、本物であろうとしないと捨てられる世界。あれもこれもと寄り道も道草もしないからこそ、シャリーズのような女優も登場すれば、その力を見抜ける制作者も観客も育つ。