秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

美しい少女たち

いずれ自分はいなくなる。人はあるときから、そのけじめを設けることで、次にやるべきことをみつけていける。
 
それは決して、年齢がかさむほどにそうだというわけではない。たとえば、小学生時代や中学、高校生時代のように、それは過ぎていく時間であり、遠のく人との場だ。
 
いずれ自分はそこからいなくなる…その思いがあるから、その後のその時代と人たちの場のために、自分にできることをやり遂げよう、遂げられなかったらバトンを遺そう…そういう思いになる。

会社のプロジェクトや社会的な活動にせよ。いつか、自分がそれにかかわることを終りにしてなくてはいけないときがくる。目的やビジョンが成立すれば、次の目的やビジョンへ向けて、そこを去らなくてはいけないこともあるだろう。
 
集団や人との時間、場を大事にする人間であれば、礎や碑になるという決意と覚悟がどこかになくてはならない。
 
そして、そうなることが全体にとっていいことだと心から思えるのは、そこにいる子どもたちや若い人たちの可能性や感覚を信じ、受け入れられるからだ。結局は、その後のその道は、その人たち自身が歩んでいくしかない。
 
間違いやつまづき、過ちや失敗があっても、それを含めて彼らにゆだねるのが、碑たるものの覚悟であり、決意でなくてはいけない。まちがっても、自分だったら…自分たちのように…といった執着から出る、つまらない忠告や叱咤激励などしないことだ。
 
道理や筋道、常識は教えなくてはいけないし、それについては諌言もいるだろう。だが、どのように厳しい言葉投げかけるときでも、彼らを信じ切る思いがなければ伝わらない。

次の世代になにかを託すのではない。次の世代にゆだねるのだ。そこに新しい道が拓け、新しい生き方や考え方が育っていく。それは信頼というバトンが底辺にあるからだ。人のモチベーションはそのようにしか、つくられない。
 
そのとき初めて、人は、物事の礎や碑であるということがどういうことなのか。そして、どうあることが自分に求められているのか…その試練を生きようという孤独な決意が生まれる。
 
ここには、その期待を持ちながら、後に続く福島の子どもたちのために、福島を取り戻そう、生きかえらせ、新生を後にゆだねようという人たちがいる。そして、それに微力でも応えようとする子どもたち、若い人たちもいる。
 
 
写真は、小名浜高校の同好会フラダンスチームと元フラガールの横山先生、代表の山口さん。震災直前にスタートしたが、震災と津波被害、そして原発事故被害で、一時は活動休止に追い込まれた。

だが、避難所を回るうちに、子どもたち自身が踊り続けることを決意した。今年3月には、山口さんたち3年生が卒業し、部員数が集まらず、フラ甲子園出場の危ぶまれたが、見事に出場を果たした。
 
山口さんはNHKのプロデューサーからタレントへの道を打診されたが、いわき小名浜にとどまり、スパのフラガールとしていわきに尽くしたい…そう考えている。
まさに、ヒワラ二・カイカ・マーヒネ(美しい少女たち)
 
 
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