秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

人間50年

かつて、人生50年といわれた。これは、能楽の名曲「敦盛」のシテ舞の中の言葉から来ている。織田信長のドラマでいつも使われる「人間五十年…」のあれだ。
 
実際には、敦盛本人の言葉ではなく、一ノ谷の合戦で、敦盛を討ってのち、出家した熊谷直実の言葉として謡曲に使われている。
 
直実は、それとは知らず、組み倒し、わずか16歳ほどの子どもと知ってためらったが、友軍から裏切り者と呼ばれないために、敦盛の首を討った。それは討ち死にした、わが子と同じ歳。敦盛は、清盛の甥で、平家の主力武将のひとり、平経盛の子。武芸よりも笛の名手だった。戦いの無情を知った直実は、それを契機に武士を捨てる。
 
能を知る人たちは、よく御存じだろうが、能楽の無常観は仏教のそれから来ている。そもそも能楽自体が、歴史的に名を刻んだ人々、死者への鎮魂と慰霊の舞なのだ。謡も、じつは禅宗の読経の音曲と似ている。

世阿弥は、それら謡曲集をまるで天空にいる菩薩のようなまなざしで、描いている。
人間の業とこの世の無常…。それは自分自身がその煩悩に紛れていては、描けない世界だ。仮に紛れていたとしても、現世のいろいろな物欲に執着があれば描けなかっただろう。

いまは女性の平均寿命が86歳。男性が79歳。平均だから、当然ながら、90歳代の数も決して少なくはない。
 
平均寿命が延びたことで、少年が青年へと成長する時間、青年や壮年、さらには、老年として熟す時間が長くなっているといわれている。つまり、簡単にいえば、平均寿命が延びると、大人になるのに時間がかかるようになる傾向があるということだ。

個々人の成育、生活歴の差や地域の差、職種による差といったものはあるが、押しなべて戦前、戦中の人々は長生きの傾向が強い。しかし、この人たちは、その時期の教育や生活の中で、速く大人になることを要求された。そうした社会だった。
 
それ以後の食や生活が豊かになる時代を生きる団塊世代以後の世代は、逆に急いで大人にならなくても許される社会を生きている。現代に近づくほどに、先行世代が蓄えてきた有形無形の財産をベースに、それを食いつぶす形で、かつての世代の苦労よりも容易にいろいろなものを手に入れてきている。
 
当然ながら、そうした世代は、耐性がなく、免疫力も脆弱だ。耐性や免疫力というのは、心身ともに、いい意味での厳しい状況に置かれないと育たない。家庭教育においても、学校教育においても、そして地域教育においても、それを育てる力が弱くなっている。
 
そんな中にあって、いま福島は、いろいろな意味で耐性と免疫力を問われているといえるのではないだろうか。それは世代にかかわらず、すべての人々にいえることだ。

同時にそれは、福島を通して、この国すべての人々、そして地域が問われていることもであるのだ。
 
ここには、その問いが自分たち自身の課題を克服するあたらな試練、そして、教育の場と機会と受け止めている人たちがいる。
 
 
写真は、福島東北まつりで中通から参加し、ふとイベントの合間の立ち話で、もう一度会いたいと決めた、塙町のケーフーズ生田目の鈴木さんとその娘さんにネパール人のお婿さん。茨城にも工場があり、風評と闘いながら、本業のこんにゃく以外の加工品にも手を広げた。
 
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