秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

眼をそむけ前へは進めない

昨日は、NPO法人Power of Japan代表のN・Kさんを招いて、「復興のいま」をテーマにしたトーク番組をMOVE放送局で配信する。
 
facebookへのリンクミスなど、反省する点や体制の問題など、検討していかなくていけない課題、コンテンツそのものの工夫など、まだまだ取り組まなければいけないことが多い。だが、月2回の配信を継続させ、先々は毎週配信へとニーズを高めていきたい。

配信前、N・Kさんと雑談していると、日本NGOグループJENの事務局長のKさんと親しくしているという。突然、Kさんの名前が出て、驚いた。N・Kさんは、オレがKさんをよく知る人間というのをネットで知って、教えてくれたのだ。
 
世界の紛争地、被災地への支援活動のほか、国内の被災地での活動も推進しているKさんとはまだ、彼女が十数年前、コソボにいた頃から交流があり、帰国してからは、たまに飲むこともあった。JENの活動にはわずかばかりだが寄付もしていた。
 
だが、福島の支援協働事業をやるようになってから、まったく交流する時間もなく、この2年5ヵ月、文書でのちょっとした挨拶のやりとりはあっても、会っていない。

JENはアフガンの支援事業もやってるのだが、じつは、東日本大震災が起きる前、オレは、ジョイセフという日本NGOグループとクラレが取り組んでいるアフガン支援事業を映画化するために、アフガンへ行くことを考えていた。実際、現地に詳しい報道カメラマンの方に、同行取材をお願いていた。

そうこうしているときに、東日本大震災が起き、そのカメラマンの方も陸前高田気仙沼手弁当で支援へ向かうようになり、オレも最初はそこに同行する予定が、福島の実状を知るほどに、先に福島ではないか…という気持ちが芽生え、別行動をとることになったのだ。
 
カメラマンの方のような個人的な支援ではなく、組織立った支援体制の必要をその頃から考えていたこともある。それと物資など、物を持ちこむという支援ではなく、その先に必要となる、自立再生の足掛かりとなる支援が自分がやるべきことだと考えていたからだ。

N・Kさんから久しぶりにKさんの名前を聞いて、福島にかかわる直前のそんな記憶がよみがった。
 
アフガニスタンも重要だが、いま目の前にある国内の被災の現実と向き合うことが先だ…物、金を持ちこむことも救急支援として必要だが、その先に自立へ向けた支援がなくてはいけない。
 
そして、それは単純に被災からの自立にとどまらず、この国の地域というものの自立への一歩につながらなくてはいけない。
 
あのまだ混乱と号泣と悲嘆と、ぶつける対象のない憤りと今日の水、今日の食料、暖をとる術、車両を動かすガソリンをまだ必要としているとき、オレは、アフガン行きをやめ、書きかけの映画台本を捨て、それをどうやれば実現できるか考えていた。

眼の前にある現実、そこにある悲嘆に眼をそむけ、オレは前へは進めない。