秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

緑や花々の力

乃木坂に暮らすようになって、もう15年以上になる。乃木坂の魅力は、なんといっても周辺に緑が豊富だということだ。
 
近くは乃木神社。そして、いまはミッドタウン公園になってしまったが、旧防衛庁には、ちょっとした森があった。地続きに檜町公園青山霊園も緑が多い。少し歩けば、神宮外苑の緑がある。
 
表参道、青山一丁目、赤坂、六本木、西麻布といった繁華街に囲まれながら、乃木坂だけは空白地帯のように喧騒がない。もともと、徳川の家老青山家、幕末に力のあった毛利家などの武家屋敷街ということもあるし、戦前は陸軍や近衛師団の駐屯地だったこともあるだろう。何ともいっても東宮御所が近い。静謐な空気がもともと地域にある。
 
土地…というものには、土地の因縁というのがあると亡くなったおふくろがいつも口していた。警察官の家で、転勤が多く、引っ越す先で、いつもそんなことをいっていた。信仰の篤いおふくろは、その度に、転居した家の宅地因縁の霊を供養していた。

人と人が出会う…人と人がつながる…ということに見ない何かの力やいのちの縁があるように、人がその土地に暮らすというのは、やはり、何か見えない力やいのちが結ばれているから…
 
そのおふくろの言い分もあながち間違ってはいないな…と実感できるようなになったのは、だいぶ大人になってからだ。人が、霊が人を呼ぶ…ということを20代の終わりに体験した。
 
おそらく、オレが偶然、乃木坂に引き寄せられ、昭和11年、財閥や成金の富の独占により、地方が疲弊し、格差によって庶民の生活が疲弊した。それに義憤を燃やした、2.26事件の主要部隊、第三連隊、第一連隊、近衛第三連隊のあった、そのど真ん中に住んだのも、何かの力が働いている。
 
国賊となり、葬る場所を拒否された、処刑された将校たちの遺体を佐賀鍋島藩菩提寺麻布十番曹洞宗賢宗寺が引き受けたのも偶然ではない、何かの因縁だろう。オレの家は、佐賀鍋島藩城代家老の家系だからだ。2.26の慰霊碑は秀島家の墓が向い合って建っている。

よく行く地酒の店ハンナのババアの一番上のにいちゃんが、戦前、陸軍士官学校を出て、第三連隊の主計にいて、その後、陸軍大学で教べんをとっていたというのも何かの縁。

人は人に導かれ、人は土地に導かれる。宗教というのではなく、宇宙の法則や神秘に照らせば、それは直感できる。だから、数学者や物理学者はそこに説けない法則を見出そうとする。

直感は、ある意味、使命を人に授けているとオレは思う。物書きであり、表現者であろうとする彩はいろいろだろうが、オレは使命感でしかものをつくり、生み出すことができない。だから、与えられた何かに身を投げ出すだけだ。

くじけそうなときでも、そんなオレに力を与えてくれるのは、青山墓地や外苑の緑や花々の力…。