秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

旅立ちのとき

原稿書きでひきこもりが続いている。

ひきこもりながら、移転する前の敷金の返還金の処理で、前の管理会社のTさんから、ちょっと面倒な連絡が入ったり、入居してすぐに使えなくなった電気コンロの不具合とトイレの水漏れの処理を頼んでいる管理会社へ、対応遅れのクレームの電話をするやら、あわただしい。

敷金の返金の話は、無理くりまとめたが、結局、電気コンロの取替えが土曜になることになり、いましばらく、鍋パーティ用のボンベ式ガスコンロで調理しなくてはいけなくなった。しかし、もし、ボンベ式のガスコンロをオレが持っていなかったら、担当のKさんは、どうするつもりだったのだ…。

それに水漏れも土曜日まで直せないときたら、普段のオレなら、きっとぶちきれている。それが、なぜか腹が立たない。

営業が腰抜けなことをやってたり、とんちんかんなことを言ったりすると、元役員の血が騒ぎ、激烈なクレームをつけるオレが、どうしたことか…。仕事をきちっとこなそうという意気込みもなく、物の売買に関る輩は、基本、許せないのだ。勉強して欲しいと思う。それが説諭+説教=怒り、になる。

それなのに、平穏でいられるオレの心は、オレの成長の証か…。いやいやそうではない。まちがいない。見晴らしのいいこのオフィスのせいだ。

人間、閉ざされた部屋にいると、どうしても、おおらかな気持ちにはなれない。ま、いいかと、なれず、ちょっと待てよ! となるのが普通だ。やはり、外の景色が開け、緑が見える空間というのは、人をなごやかにするもんだと、改めて思う。

原稿を書きながらのイライラは相変らずだが、そのイライラ状態でオレが、キレることもないというのは、実に珍しいことなのだ。

いま気づいたが、そういえば、あれこれ煩わしいことはあるが、ここに来てから、妙に心が落ち着いている。人は、やはり、余剰なものを捨てると、心にも余剰なものがなくなっていくのかもしれない。

なんてことで、心が平穏なときには、平穏な映画に出会うものだ。BSで、台本をそっちのけで、つい見てしまった映画。『Good Will Hunting 旅立ちのとき』。

オレの好きな数学を題材にした、1997年のアメリカ映画。ハーバード大学在学中の、まだ無名だった、マッド・デイモンがシナリオ研究の講座で構想を描き、それを8歳のころからの幼馴染で、『パール・ハーバー』でスターダムにのし上がった、ベン・アフレックに相談し、共同で執筆したシナリオだ。

アフレックが自分の出演する映画監督やプロデューサーに相談して、五年の月日を経て映画化された。

アカデミー賞脚本賞と、ロビン・ウィリアムス演じる精神科医助演男優賞を受賞している。ウィリアムスにぴったりのはまり役。

天才的な能力を持つ、孤児だった青年は、里親からひどい虐待を受け、トラウマを抱えている。それが、他者との関係を深く結べない要因になり、人を信じることも、愛することもできない。そして、自分の天才的な能力を生かすことにも、怯えている。

その彼をフィールズ賞を受賞しているマサーセッツ工科大学の数学教授が見出し、大学の同期で、精神科医をやっているウィリアムスに心のケアを依頼する。この精神科医も南ボストンの貧しい家に生まれ、かつ、アルコール依存症の父親から虐待を受けた経験を持っている。

ここまで話せば、大方のあらすじはわかると思う。非常にわかりやすく、簡潔なドラマだが、セリフと音楽がいい。知的センスと気負いのないリアリズムに溢れている。シナリオを書いている人間の文学や戯曲への造詣の深さ、数学や有機化学など知識の広がりを感じさせる。それでいて、スラングを使う、ヤンキーな青年たちの世界を舞台は展開する。

映画に言葉の奥行きが備わっている映画は、そうそうにない。日本映画には、シェークスピアや聖書を取り上げた作品はあるが、そこにかかれているセリフや文章を現代劇に生かすということをする作家が驚くほど少ない。日本の古典作品をそのまま描くだけで、エッセンスを抽出する知識と能力にかけているからだ。

デイモンとアフレックは、NHKが協賛しているサンダース映画祭の発起人でもある。自分たちが若く無名な頃、映画を実現したいという深い思いがあったらからだろう。

実は、数年前に、解放治療の精神科病棟にいる青年と中学生の子どもたちとのふれあいを描いた映画の企画をプロデューサーの東海林と企んでいたことがある。その青年は数学の天才という設定。97年に公開された、この映画は観ていなかったが、同じテイストを感じて、実は、興奮した。

平穏な感情を持つと、次々に平穏な何かと出会う。やはり、自分の心が変れば、出会いものも変っていくのだろうか…。

そういえば、ある意味、オレのいまも、新しい世界へ向かって進もうとする、Good Will Huntingかもしれない。