秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

たとえば、愛

30年近く前になる。倉本聡作品で、原田芳雄大原麗子主演のテレビドラマがあった。

日本赤軍浅間山荘事件の頃に、食えない小説家志望の青年とDJを目指す若い女性が恋に落ち、当時、多くの都会に暮らす若者たちがそうだったように、二間の狭いアパート暮らしを送り、やがて、女性はDJとして成功し、二人は別れ、小説家志望の青年は、相変らず、原稿の校正やリライトをやりながら食いつないでいた。

やがて、女性は、担当するラジオ番組の広告代理店のやり手営業管理職と恋におち、婚約する。その三人の絡みを描いたドラマ。青年期から大人へと向かう、ほろ苦い時代を倉本聡らしい、笑いとペーソスで描いた作品。

タイトルは、その青年が力をこめて書いた小説のタイトル。編集者が興味を示したものの、欲しかったのは、その、「たとえば、愛」というタイトルの使用権だけ。中身には何の関心もなかったというオチがくる。それを契機に、青年は年老いた母の待つ、故郷へ帰るところでドラマは終わる。

視聴率はよくなかったが、当時、食えない芝居をやり続けているオレには、原田芳雄の姿が自分にかぶった。

あまり知られていないが、オレは、高校生の頃から原田芳雄の大ファン。セリフがほとんどなくても、存在感だけで芝居ができた。

極めつけだったのは、黒木監督の『祭りの準備』の殺人犯役。主人公の郵便局員が、新藤兼人に憧れ、シナリオライターを目指し、土佐の漁師町を出奔する。原田芳雄演じる、地元のワルは、はずみで人を殺し、追われているにもかかわらず、その幼馴染の友だちを見送り、逮捕されることも怖れず、汽車を追いながら、万歳を連呼する。

田舎に残り、しかも殺人犯になり、出て行く者に自分の夢や希望、人生のすべてを期待して、万歳をする…。あの芝居は、胸を突き上げた。

なぜそんなことを思い出したか…。それは、昨夜の雪だ。新しい事務所の窓から、外苑東通りと赤坂プリンスなどパノラマが広がっている。その窓から見える、夜の雪が、その記憶を呼び起こした。

大原麗子演じる、ラジオのDJは、TBSラジオのスタジオの窓から、その夜の赤坂の風景をリスナーに伝える。折々の気候もあれば、そのときの自分の心情を詩的に語る。

「赤坂は、今日、雪です…」。その短いセリフが、乃木坂の雪を見ていて、蘇っていた。そうだ、こんなふうに、せつなく、しかし、新しい意志をいつも確かめて、オレは、あの頃芝居をやっていた。

不便さも、四畳半の寒さも、つらいとは思わずに。この部屋は、あの頃のオレを振り返らせる…。