秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

教訓

オレも相当にひねくれ者だが、オレの周囲にいる奴らも相当なひねくれ者が多い。

とりわけ、芝居をやろうなどという人間は、癖がないと多様な人間の心象を存在感を持って描くことも、演じることなどできないから、技量の質や高さとは別に、ひねくれ者の悪癖は、基本として必要な要素だと思っている。

実直さ、真っ当さだけでは、描かれる世界も、演じる人間も、小さく、つまらなく見える。だから、映画やテレビ、舞台の業界にいる奴は癖があるし、その癖がときとして、煩わしいこともあるし、自分自身、周囲に煩わしく、うざい毒を撒き散らすことも少なくない。

昨日は、オレの56歳の誕生日。まさか、この歳まで生きているとは思っていなかったし、60歳という年齢がもうまじかに迫っている自覚もまったくない。

身体は疲れやすくなったし、長時間原稿や編集に向かえば、かすみ目にもなる。昨年の1月に発症した50肩は、当初よりはずいぶんよくなったが、まだ、多少痛みがある。運動を心がけていても、50代始めのように、すぐに体脂肪は落ちなくなり、Redのメグに、店でたぬきとののしられるように、下腹はなかなか落ちなくなった。

体型や体力は、明らかに衰えながら、しかし、外見に見合う大人としての自覚がないから、自分の年齢に見合う生き方もできてはいない。

若い頃は、50代などといったら、揺るぎない社会人の大人というイメージがあったし、老後へ向けたまとめの作業に入り、熟練し、重厚さの漂う、ゴールドブレンドとクラウンの似合う男と相場が決まっていた。人によっては、初孫のいる場合もある。

55歳定年の時代が、いまではとても信じられない。オヤジは、55歳で県警の警視正になり、一年退職が延長になり、56歳で再就職した。あの頃のオヤジの社会的信用や立場、引き受けている責任の大きさから比べたら、オレなどは、同じ年齢になったいま、足元にも及ばない。

事務所の移転をきっかけに、もう少し大人にならなくては…などと、神妙にもなるが、おそらく、毒を撒き散らす生き方は、オレがもう少し歳をとってからでないと身に付かないのだろう。

内田が、カントクの誕生日なのだから、赤沼や長部など秀嶋組を集めて、誕生会でもやったらといっていたが、自分のために、バイトや仕事で忙しい俳優連中を集めるのは忍びないし、芝居をやるために、バイトに明け暮れている奴らに、オレ個人のために、散財をさせるのも申し訳なく、移転後の新年会でいいじゃないかと、押し留め、たまたまバイトがオフになったという内田とメシをする。

内田の奴、オレの言葉にまたキレた。人生の選択の話、芝居への思いの深さの話をしていると、いつもこうなる。オレに説教されたくない。オレに認められるようにがんばっているのだから、役者として褒めてもらいたい。奴のそんな気持ちはわかっている。

オレも、いい歳なのだから、いい子、いい子と受け流せばいいのだが、奴の伸びしろはもっとあると思うから、欲が出て、説教になる。キレられると、こちらもついキレる。ひねくれ者同士、負けん気の強い同士でキレていたら、始末が悪い。

誕生日の日に毒を吐き、また、人を滝つぼに落としてしまった。人にもっとやさしくなれ、56歳の誕生日の重い、教訓。