あすのこの畑はねえ
昨年4月のMOVE立ち上げ当時、大きな役割を担っていた連中や深くかかわっていたメンバーから、わずか1年5ヵ月でその陣容も大きく変わった。
正直、がむしゃらに突き進んできた1年と5ヵ月。オレのがむしゃらさに不安を感じたり、不満を抱いた人間も少なくはない。しかし、それでも、自分につかえる時間と能力を提供し、手弁当で自腹を切ながら、当初予定していたことをほぼすべて共に実現してくれた。
メンバーの陣容は変わったが、オレを含め、それぞれがなにがしか、それまでの生き方とは別の生き方、考え方に出会った時間だったと思っている。
そして、MOVEも福島のいわきを中心に、知る人ぞ知るという存在になり、福島県や復興庁とのパイプを持つところまできた。すべて大きな助成金も協賛金もない中でのことだ。その分をメンバーそれぞれが、そして、うちの会社がサポートしてきた。
来年からは、本当の意味で、MOVEがやろうとしていたことに取り組むステージになる。福島に対してだけでなく、トヨタ財団の御好意とご厚情に応えて、責任ある結果をもたらすという責務も負った。同時に、来年からの活動は、個々の負担の少ない形式へと移行する時期だと思っている。
そして、MOVEも福島のいわきを中心に、知る人ぞ知るという存在になり、福島県や復興庁とのパイプを持つところまできた。すべて大きな助成金も協賛金もない中でのことだ。その分をメンバーそれぞれが、そして、うちの会社がサポートしてきた。
来年からは、本当の意味で、MOVEがやろうとしていたことに取り組むステージになる。福島に対してだけでなく、トヨタ財団の御好意とご厚情に応えて、責任ある結果をもたらすという責務も負った。同時に、来年からの活動は、個々の負担の少ない形式へと移行する時期だと思っている。
こうした活動の資金の話になるといろいろと議論がある。収益事業を先に、という人もいるし、まず資金をという人がほとんどだろう。確かに、なににせよ、資金がなくては社会的に価値のある活動でも実現できないし、継続もできない。
それは重々承知で、その前にやることがある…とオレは考え続けてきた。自らの何かを犠牲にし、自ら何かを負担していかなければ、他者にそれを求めるとき、まったく説得力がないと確信していたからだ。
宮沢賢治の詩集「春と修羅」の「あすこの畑はねえ」の詩にこんな一節がある…
これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教わることでないんだ
きみのようにさ
吹雪やわずかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさようなら
……雲からも風からも
透明な力が
そのこどもに
うつれ……
これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教わることでないんだ
きみのようにさ
吹雪やわずかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさようなら
……雲からも風からも
透明な力が
そのこどもに
うつれ……
自分が安全な場所にいて、経済的な不安も将来への怯えもないところで、そうした不安や怯えを抱いている人の気持ちをわかりはしない。ゆとりがあるから支援をするのではなく、同じ大変な未来を目指す者同士の力をつなごうという願いと思いの中で、人は本当につながりあえるのだ。また、それがなければ、だれかに助力や支援を求めるとき、こちらの覚悟と矜持を伝えることはできない。
武士や騎士たちが、友情を誓うために、互いの腕を切り、血を結び合うように。
すべての人がそうあれとはいわない。だが、リーダーとして先頭を行く人間にはその矜持がなくては、すべてに失礼だと思う。