秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

さらば青春が聴こえてきた

大阪市長の橋下氏の人気が減速している。それに合わせて、維新の会への世間の眼、永田町やマスコミの分析も冷静になり始めた。
 
就任当時、70%という小泉並みの支持率を誇り、大坂市民に歓迎されたときの勢いが、支持率50%程度に落ちた。それでも高い支持率だが、大きな政局の転換がなければ、支持率はまちがないなくもっと落ちる。当然ながら、この間の脱原発発言から一転して、大飯原発再稼働へ舵を切ったことが大きい。そもそも、大阪のポピュリズムが全国区になるのは歴史的にみても至難。
 
自民、民主が消費税+福祉関連法案の議決で合意を見そうな空気が出てきたこともあり、選挙の芽が先送りされそうな政局にもなっている。解散総選挙がなく、あれこれあっても任期満了まで選挙がないとなれば、維新の会の活動は、大阪と関西連合に封じ込められることになる。
 
ちなみに、福祉関連法案を置いてでも、消費税増税法案のみが民主、自民で可決される可能性が出てきた。これはアメリカと日本の経済界の圧力が両党の利権と絡んで合致しているからだ。同時に、原発再稼働、原発推進も裏側で抱き合わせになっている。
 
もともと、橋下という人は、リベラリズム保守主義)の典型のような人。ときには、ネオコン新自由主義)のバイアスのかかった右傾化した強行な施策を打ち出している。だから、文化行政や福祉、教育費のカットに反発しない人がいなかったわけではない。だが、そうしたバイアスがあるくらいでないと、現状を大きく変える行財政改革はできないだろう…そのあいまいな期待が、後押ししていた。
 
しかし、いつもいうように、支持率がいかに高かろうが、かつてのように、支持率の内実はいまや一枚岩ではない。知名度やマスコミ情報に動因されて支持している無党派層もいれば、選択肢がないなら、いっそ新しい風をと支持に回っている浮動票もいる。橋下が考える国家観やネオコン的競争原理社会といった政治観を支持しているわけではないのだ。

それに対する理解と謙虚さ、そして、情勢分析に欠けている。それが20%もの支持率の減少につながっている。

福島へいけばわかる。福島が直面している問題は福島だけのことではないことが。人々が抱えている新しい放射能時代への不安と怖れは国民の中に静かに、しかし、しっかり根付いている。しかも、これまで恩恵をうけてきた地域の人々が生活権をすべて根こそぎ奪われている現実は、原発がなくては地域が立ち行かないという人々の中にも躊躇を生んでいる。当然ながら、恩恵を受けない周辺地域の人々の福島と同じになりたくない…という思いは強く、深い。
 
同時に、もともとあった高齢化、少子化、過疎化、地域経済の凋落と破たんに拍車がかかっていることも知っている。いままのでような経済優先主義が果たして、人々を国を本当の意味で豊かにできるのか。現実にこの30年。経済主義による制度変更やいろいろな取り組みがされながら、すべて敗北しきた。
 
放射能時代の中で、人々はそれぞれにいろいろな思いを抱えている。また、経済的な厳しさは原発以後、日増しに増している。生活の基本、生活の基盤…それらをきっちり守る。多少の忍耐や苦労はあっても、人々が求めているのは、生活基盤の安定化だ。安定化というのは単に経済的安定をいっているのではない。
 
いま人々にとって大事なのは、国家外交や安全保障の問題が中心にあるのではなく、新しい経済のしくみ、これまでの成長路線の基軸ではなく、生活の質向上に軸を置いた経済のしくみとそれによる新しい経済発展のあり方なのだ。
 
大きく変われるチャンスはいろいろなところにある。そのことをただこれまでの経験主義から生まれた陳腐な新しさではなく、人々の本当の幸せとは何かを問い、困難の中でも新しく、白い道を拓こうとする、あの清廉な気持ちで政治にかかわるもの、生活するひとりひとりが、考え、取り組まなければ、JAPANモデル、FUKUSHIMAモデルは生み出せない。
 
なんてことを考えていたら…ふと、高校時代からこれに似たようなことばっかりいっていたような…