秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

花の心

この数日、花を贈ることが続いている。

前にも紹介したが、最近、青山一丁目にある、フラワーショップにはまっている。Arielという花屋。

これまでは、いま麹町に移っている、花華がすぐ近くにあったので、常連で、ホテルのイベントの仕事などにも協力してもらい、あれこれ、仕事、プライベートの付き合いがあったのだが、さすがに麹町に移ってからは、ふと思いついて、花束をお願いするというのには、やや遠い。

そんなことを感じている矢先、一年ほど前にできた、Arielに飛び込み、花束をつくってもらったら、これがセンスがいい。物書きのMちゃんに贈ったときも、Norikoの退院祝いに贈ったときも大感激。以来、花はこの店と決めている。

店長のNさんは、男性ながら、当たりの柔らかい人。Redのすぐ近くということもあって、Red常連関係で祝い事があるときも、ここ。

自分のセンスや趣味に合う花屋は、意外に出会えないものだ。花のセンスは、オレはとても大事にしている方だと思う。だから、贈った人が本当に喜んでもらえるようなセンスの花屋でないと付き合う気になれない。しかし、一旦、センスがいいとわかれば、とことんその花屋にこだわる。

花とは、それくらい、大事なものだと思っている。

昨夜はRed常連のネーリストのKに、いいことがあったので、花束を贈り、今日は、長い付き合いの東映のCプロデューサーの第二子が、あれこれ心配もあったのだが、無事、誕生ということで、花束を贈った。官公庁のコンペの開札が終り、事務所に立ち寄ってくれるというので、慌てて、Arielに飛び込んだ。

「祝い事っていうのは、続くときは、続くよね」というオレの言葉に笑顔が返ってくる。花屋の真骨頂は、やはり、人が喜び、思わずこぼす笑顔のお手伝いができることだ。店長のNさんには、そのマインドがしっかりある。

新百合ヶ丘にもショップがあり、こちらは、トリートメントとカフェも併設している。業界系のことに詳しいなと思ったら、実は、芸能事務所タイタンの社長、太田光代がオーナーのショップ。つまりは、爆笑問題太田光の奥さんが経営しているということ。

この店、只者ではないと読んでいた、オレの勘が当たった。

店員への教育が行き届いているからだ。店長のNさんのセンスのよさは、もちろんだが、女性店員さんたち、だれに頼んでも、それなりにいいアレンジをしてくる。それは、社員教育や技術修練が行き届いている証拠だ。

このせちがらい世の中、花を贈る経費までカットされたり、祝い花の受注も激減しているらしい。確かに、花は、それでお腹がいっぱいになるわけでも、利便性よろしく、ずっと使い続けられるものでもない。

いずれは、枯れ、朽ち果てる。しかし、それをもったいないと考えるのか、心の清涼剤として大事に考えられるかで、その人のやさしさ、思いやり、親切心がわかる。

見えないものを大事にするという心がなければ、花を大事にする心も育ったない。

オレのおやじが、昔、かみさんの実家に挨拶にいったとき、娘の将来を心配してこういった。「演劇っていうのは、いわば、河原乞食ですからね…」。義父の悪意はなかっただろうが、娘の将来を心配するあまり、生活が不安定で、先行きの見えないオレの生活をそう語るしかなかったのだろう。

実は、その言葉にオヤジは激烈に怒っていた。後日、おふくろから、オヤジは、あんな家の娘など、嫁にはいらんと帰り道、息巻いていたらしい。自分の息子を河原乞食呼ばわりされて、許せる親などいない。

が、その瞬間、オヤジは、顔色ひとつ変えず、こう言ったらしい。「お父さん。確かに、芝居なんてのは、マジメに毎日働いている人間からみれば、何の役にも立たないもののように思える。ですけどね。
あの敗戦で何もなかった時代、芝居や音楽がなかったら、どんなにせちがらく、辛かったでしょうねぇ…」。おやじは、しみじみ、義父を諭すようにいったというのだ。

それを横で聞いていた、義母は、後に、オレにその話をして、「秀嶋さんのお父さんがすごく立派に見えて、私は、恥かしくて、穴があったら入りたい気持ちだったわよ」と教えてくれた。

何の役にも立たないものなど、この世にはないのだ。芝居や音楽、美術は、それだけで身になるものでもない。しかし、見えない大事な何かを人に与えてくれる。

一瞬にして、消えていくいのちだからこそ、花は美しい。だからこそ、いとおしい。その心を大切にできる生活を失っては、生きている意味も価値もない。