秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

Oの愚痴

自主制作シリーズの第一弾の作業開始。長い付き合いの撮影会社社長Oに連絡する。

笋暴个襪覆蝓開口一番、いや~、カントク、やばいっす。10月中旬撮影だが、と声をかけると、夜逃げしてなかったらね、とくる。ま、半分は本気、半分は冗談。しかし、苦しいのは、正直なところだろう。

テレビ系の仕事をやっている制作会社は悲惨の極みらしい。とにかく予算の減額はある、制作のペンディングはある。ドラマ系を受けている会社は、ドラマの制作本数が激減しているから、仕事そのものがないというところも少なくない。

イベント絡みの映像制作も、新型インフルエンザの影響で、軒並みイベントが中止や延期になって、当てにしていた制作が止まってしまっているところがある。

制作会社でも大手以外の中堅、中小企業はたいへんなことになっているらしい。ましてや、技術系の会社は、ある意味、日当いくらのような仕事だから、つながっている制作会社が疲弊すれば、その皺寄せは一気にくる。

そもそも、広告で動くテレビの世界は、もろ、景気の動向に左右される。企業の広告出稿が減れば、ドラマなど制作費のかかる作品をセーブするのは当然。

まして、何の工夫もない出演者頼み、原作頼りの企画ばかりで、大手プロダクションに制作まで握られているから、視聴率がとれる実績があれば、キャスティングに膨大な費用がかかる。当然、内容は痩せる。で、再びドラマの視聴率が低迷し、広告収入が減っていく。

取るところとは、法外なギャラや制作費をとり、それが以外のところは、なんとかメジャーな仕事にぶらさがるということしかできていない。いわば、ここにも、勝ち組、負け組という格差の現実が広がっているのだ。

仕事が回っているときは、それでもごまかしが利くが、回っているものが、回らなくなれば、途端に呼吸不全になる。

バブル崩壊後の空白の十年、そして、小泉政権の約十年で、それが、オレたち映像の世界ばかりでなく、この国の中小、零細企業の現実になった。

経費を削減し、創意工夫しても、金融の支えは、安全、安心な大手に偏っているから、生き延びるための工夫、苦労は並大抵のものではない。

金融担当大臣の亀井の発言が、あれこれ物議をかもしているが、この20年、公的資金=オレたちの税金の注入など、セーフティネットを使いたい放題使えた金融業界と、その間、貸し渋り貸しはがしに遭ってきた、中小零細とでは、セーフティネットそのものが、不平等きわまりない。

モラトリアムについては、議論の余地もあると思うが、こうした不況の時代だからこそ、一丸となって苦境を乗り切る相互扶助の精神が何よりも大切なのだ。自分たちさえ安全であればいいという考え、利己の心では、この苦境は乗り越えられない。

もし、この国の経済金融システムを動かす者たちに、その矜持がなければ、年末年始、そして年度末には、これまで経験したこともない、大不況がくる。

勝ち組だけが残れる社会というものを、オレは想像することができない。それは、国ではない。そこは、人間としての矜持ややさしさの失われた、無味乾燥の冷徹な社会でしかない。つまり、人間がいないのだ。

人間のいない、一部の富める者だけの社会、国。それをイメージできないのが、人間というものだ。なぜなら、人は、人とかかわりながらしか生きていけないからだ。様々な生活を持った人々との支え合いの中でしか、生きた実感が得られないからだ。

同じように痛みを共有し、同じように苦しみを分かち、共にそれを回復、再生させようという思いが、人を救い、自分をも救う。