秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

ラスト・ラン

港区役所に出向く。馴染みの産業振興課。

港区のあっせん融資についての相談にいったのだ。ところが、ところが、前期の決算があまりによく、相談窓口の会計士に、工夫されてますねぇと絶賛を受ける。あれれ。銀行では、緊急特別融資の認定を受けて来いといわれたのだが…。

すると、会計士のおじさん。だって、こんなに売上げ利益率も営業収益率もあがっちゃって、過去三ヶ月の売上げも前年度比より遥かにいいじゃないですか。と、満面の笑顔。

どうやら、銀行の担当者め、詳細なデータを見ず、年間の売上げが落ちているからと、金利の安い、緊急特別融資がいい、それだけで港区に相談するようにアドバイスしたのだ。

ならば、普段の融資に切り替えるからと、緊急相談窓口の会計士のおじさんとしばし雑談する。

中小零細企業経営者しか、知らないだろうが、経営不振にあえぐ中小企業を支えるために、売り上げや利益率が落ちているという企業に、特別緊急融資を優先的に受けさせる仕組みがある。認定を受けると、保証協会の審査も通常よりは、緩い。都、区、政府の肝いりだからだ。

昨年から今年にかけ、その相談が増大している。普段なら、1週間前に面談の予約をすれば、アポがとれるのが、向こう1ヶ月もその、緊急特別融資の認定申請で行列ができているという。

あなたの会社は、売上げは減少しているとはいえ、優良企業ですよ。ここに相談に来る方たちの決算書は青息吐息。経営者の姿を見ても、大丈夫かしらとこちらが心配するくらいです。と、昨今の中小企業の厳しさを改めて教えられる。なんでも、彼らが予測するとおり、融資を受けても倒産する企業が続出しているらしい。

みなさんの税金が、ま、ゴミ同然に使われてしまっているという面もあるんです…。と、心苦しそう。
で、オレは、思わず、語る。

いや、焦げ付きや倒産といったことはあるでしょうけど、こういう時代だから、それもやむなしと考えて、とりあえずは救済、支援を行うのが政治の勤めでしょう。その中から、いくつかの企業は立ち直れるのだから、それで十分という考えに立たないといけないと思いますよ。歩留まりは計算のうちでやらないと、中小企業全体がダメになりますからね。

その言葉に、会計士のおじさんたちが、喜ぶ。融資設計については、また、別のあっせんなり、方法がありますよと、あれこれアドバイスまでくれる。ましてや、帰るオレを、面談担当の会計士さんたちが、出口まで来て、笑顔で見送る。なんか、ヘンな感じ。オレは、だれ? オレは、何もの? オレ、何しにきたの? と、笑顔に戸惑いつつ、帰る。

区役所を出る頃に、ふと気がついた。

きっと、あのおじさんたち、毎日、毎日、暗い表情をした経営者の苦渋を聞き、これで融資をしていいのだろうかという不安な決算書をみつめているのだ。そこに、一見、経営を立て直しているように見える、髪染めて、BIGIのスーツを着た、元気風な経営者が、間違って紛れたものだから、ちょっとほっとしたのに違いない。いわば、それほどに、悲惨な現実を直視しているということだ。

銀行の担当営業に詳細を話し、ここはあえて、緊急融資に頼らずともという結論になる。少しでも金利を安くと考えてくれていた担当者の情には、感謝だが、オレ自身以外なほど、決算書はすこぶる良好だったということだ。

一旦、事務所に戻り、服を着替えて、創業以来の税理士さんのところへ。記入してもらわなくてはいけない書類があった。オレが取締役をやっていた会社の税理士で、もう20年の付き合いになる。口は悪いが、的確で、オレのように、叱られることの少ない人間には、貴重ながみがみおやじ。最近は、手もふるえ、歳をとった。

オレが見て来た、中小企業の実情を伝えると、無言で頷く。長いこと税理士をやり、企業の浮き沈みをみつめてきた顔だった。

人の一生は、短い。最近、とみにそれを感じる。いろいろな人生を、それぞれの人が必死に生きて、うまくいかないこと、やるせないこと、苦渋を嘗めながら、家族のためであったり、仲間のために、懸命に働いている。失敗もやれば、成功に有頂天になることもあり、そうした人生の四季を生きながら、人は死ぬ。

長い付き合いの税理士さんの毒舌を笑いに変えながら、雑談するうちに、オレを育てってくれた、前の会社のT社長のことを、ふと思い出す。担当の税理士さんが一緒だ。

今度、飲みたいと秀嶋がいっていたと伝えてくださいよ。Tさんが死ぬ前に、会いたいって。
ふと、そんな戯言が口をついていた。

Tさんも若くして社長になり、苦労した人だ。ふと、その顔が久しぶりに見たくなった。人を懐かしむなんて、オレの人生も終盤のラスト・ランを迎えつつあるのかもしれない。