秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

オヤジの電話

めずらしく、オヤジから電話。

年末には、こちらから電話をしていた。正月も携帯や姉の家などに電話を入れたのだが、今年は義兄が高校教師の仕事を定年退職するということもあり、一家で温泉旅行にしたらしい。家族でにぎやいでいたのか、電話は通じなかった。

腰や膝に高齢者にありがちな痛みを抱え、歯も新しくした義歯が合わないらしく、痛みがあるらしい。行き着けの福岡の病院から、姉が単身生活を送っている佐賀に同居のため、移ってからは、新しい歯科医院に通うようになったが、その歯医者があまり、うまくないらしいのだ。

オヤジの電話は、いつも身体の痛みの話から始まる。しかし、昨日は、姪っ子夫婦が福岡の早良にある義兄の家に引越すことになり、オヤジひとりになって、寂しかったのだろう。珍しく、オレの声が聴きたかったからだという。

そんなことをオヤジが、電話でいきなり言うのは、初めてのことだ。入れ歯をしていないせいか、心なしか声にも元気がない。

義兄や姉たちと一緒にいて、温泉旅館でにぎわいでいたから、急にひとりにされて、寂しさがひとしおだったのかもしれない。あるいは、姉たちとくつろいだ時間を過ごす中で、オレの仕事のことや生活のことが話題になったのかもしれない。

当初、オヤジをこちらに住ませて、主な事務所機能を相模原に移し、後残り、わずかばかりの時間をオヤジと過ごすために費やそうかとも、考えていた。しかし、オヤジの気持ちとしては、かみさんや息子に負担をかけるわけにはいかないというものだった。

オレが四六時中一緒にいられればいいが、そうはいかない。オレと暮したいという思いはあるにせよ、かみさんや息子に何がしか負担をかけることが心苦しいのだ。それに、85歳という高齢で、新しい環境で生活するということへの不安もあったのだろう。

年末に電話したが、やはり、こちらには住めない。気候がよくなり、体調がよければ、遊びにいくことくらいはできるかもしれないが、というものだった。

それもあって、オレは事務所を近場にすることに決めたのだが、事務所の移転の話をすると、やや落胆したような声。オヤジは、どうしてほしかったのか…。などと、心配する。

いわんとしていることはわかっていた。オレがもとの鞘に収まり、家族が一緒にいる環境をつくり、そこで、経費をかけず、仕事ができれば、それに越したことはない。そんな思いだったのだと思う。それは、亡くなった母、義父の思いでもあるし、鹿児島で暮す義母の思いでもあるはず。

ただ、仕事が第一ということもわかっているから、あえて強く、近場への移転を反対はしない。結局、自分で考えろということなのだ。

オレは決めると早いのだが、少しでも不安要因があると、あれこれ周囲の人間の気持ちに気を遣って、優柔不断になるところがある。

しかし、さすが、オヤジだ。今日、心配して電話すると、やはり、オレの仕事のこと、かみさんや息子のことを心配してのことだった。最後に、どういう結論でもいいが、いろいろ考えて悩め、と最後に一言付け加える。

あれこれ身体の不調を愚痴りながら、そうしたところできりっと一言いう。

選択は自分でするにせよ、安易に流されず、それなりに葛藤を経てから、結論を出せ。その結論ならば、自分が選んだ道として、進んでいく意味がある…。

愚痴ばかりのオヤジが、そのとき、あの頃の尊敬していたオヤジの姿に変る。