秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

免疫力のない国と人

政府の新型インフルエンザへの防疫対策。実は、鳥インフルエンザ対策と同じマニュアルを使っている。

メキシコで多数の死亡者を出したというニュースが世界中をかけめぐり、すわ鎌倉とばかり、政府の危機管理対策室は、強毒性の鳥インフルエンザ対策マニュアルをひっぱりだし、万全を期せと、関係省庁、自治体にお触れを出した。どうやら、弱毒性で、通常のインフルエンザと同等レベルとわかったときには、すでに、国民にはパニック心理が芽生えてしまっていたのだ。

要は、実体がわからないまま、最悪のシナリオを想定してつくられた、防疫マニュアルを使ってしまった。もちろん、通常のインフルエンザでも、免疫力の弱い人は、死に至る危険もあるし、国民の安全と健康を守るべき政府が、警鐘を鳴らし、防疫に力を入れなくてはいけないのは、当然のことだ。

しかし、実のところ、世界流行するような新型インフルエンザへの、毒性に応じた対策マニュアルなど、この国にはない。一つ石を投げたら、その波紋は大きくなる。だから、どんな波紋でも消さなくてはいけない、というマニュアルで、投げられた石の大きさに合わせた、対策の抽斗(ひきだし)がまったくないのだ。

衆議院選挙も近く、内閣支持率をやっと回復し始めた矢先、大きな失策につながってはならないという思いもあっただろう。だから、最悪を想定して行動してしまった。しかし、それが国民にどういう不安と風評を生むかまで計算していない。記者会見の度に見る、厚生大臣の舛添のひきつった顔は、そのゆとりのなさを象徴している。

結果、神戸、大阪は大変な騒ぎになっている。

先週末から神戸で、渡航歴のない高校生に感染者が出たという報道を見たときから、これはヤバイなと思っていたら、週明けの昨日は、すでに大騒ぎになっている。

実は、20日・21日と大阪周辺で撮影を組んであったのだが、昨日の午後遅くなって、撮影延期の連絡が入った。新型インフルエンザの影響だ。忙しい中、レンタカーやらなにやら、キャンセルの連絡を大阪に入れると、どこも騒ぎになっている。レンタカーはもちろんだが、ビジネスや観光での宿泊や飲食、新幹線利用まで、軒並みキャンセルが相次いでいるらしい。

おい、ちょっと、待てよ! おかしくねぇ!だ。

香港型、ソ連型といわれているインフルエンザの流行でそこまでやるか? 学校閉鎖や学級閉鎖はあるが、一人感染者が見つかったからといって、店舗が営業を停止をしたり、感染していない職員まで自宅待機になったりするか? マスクが品切れになったり、道行く人間の半数以上がマスクをして歩く光景になるか? 発生もしていない場所で、全員がマスク着用で劇場や演奏会場の客席に座っているか?

ただでさえ景気が低迷し、惨憺たる状態だというのに、店舗や企業の営業に支障が生まれるようなことをやっていたら、火達磨になる。

さすがに、橋本知事が、もっと柔軟な対応をとるように国に要請するとキレた。当然だ。政府の危機管理室のマニュアルが動くと、全国の自治体はそれに従わなくてはいけない。一度、最悪のシナリオを想定した展開になると、あれもこれもと規制や自粛を取らざる得なくなっているのだ。柔軟に対応しようとしても、できない。

その影響で、オレの仕事まで延期になっている。明らかに、政府やマスコミが過度な刺激を国民に与えた結果、企業の営業活動を妨害している。

成田空港で、いきなり隔離、遮断から始まれば、誰もが不安になる。その不安が、実際の感染者の広がりより、早く、大きいのだ。政府は、そのことを想定に入れていなかった。不安を抑制し、沈静させるための処方箋を打っていなかったのだ。だから、一つ火が付けば、インフルエンザの広がりより早く、不安が拡大してしまう。

今日から政府広報で、不安を沈静化させるためのCMを打つらしいが、遅すぎる。政府も、思わぬ、国民不安の波に、慌てている。神戸の自治体では、あんぽんたん麻生が柔軟に対応すると言う前から、症状の重い患者以外は自宅治療に切り換えた。政府のマニュアル通りにやっていると、感染者は全員隔離病棟に入れなくてはならない。ベット数が追いつくわけがないし、医師だって、施設だって足りない。

こうした混乱を生んでいるのは、政府関係者、医療関係者の間に、鳥インフルエンザの猛威というイメージがこびりついていたからだ。つまり、防疫の中軸にいる連中が、普段から新型インフルエンザへの恐怖を抱いていたから。つまり、ことにあたっての強さ、冷静さ、いわば、免疫力がなかったからだ。

隔離、遮断、消毒、撲滅…。いま、新型インフルエンザで人々がやっきになってやろうとしていることは、いまの社会の姿を象徴している。とにかく、すべてをきれいに、テカテカの正義に照らす。隙間や余白をつくらない、影にも光を当て、すべてを目の届く、きれいさの中に置かないと気がすまないという、強迫神経症の姿に見える。

体の弱い人、妊婦さんたちなどは別にしてだが、今度の新型インフルエンザは通常のインフルエンザ治療で十分治るし、感染が広がっても、人知の及ばない脅威を発揮するようなものではない。用心することは大事だが、過剰な怯えを抱くようなものではないのだ。それが、不安が走り出したら、どうすることもできず、過剰な対応をより過剰にしていく。それが、正しいと思い込んだまま。

これが正義だ、そう思い、正義を果たさなければと凝り固まっている奴は、その正義が人々を不安に陥れたり、深く傷つけることにまったく鈍感だ。

インフルエンザの蔓延より、その過剰な不安からくる正義が蔓延することの方がよほど怖い。