秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

映画CATERPILLAR

少し前の話だが、今月14日から公開される若松孝二監督の最新映画『CATERPILLAR』が、ベルリン国際映画祭で、銀熊賞主演女優賞を受賞した。
 
受賞したのは、主演の寺島しのぶ
 
プロデューサーでもある荒戸源次郎がメガホンをとった『赤目四十八瀧心中未遂』(2003年公開)で日本アカデミー賞主演女優賞を受賞した。当時、市川染五郎との交際が破綻し、何かがふっきれたのかと話題になったほど、尾上菊五郎の娘とは思えない、全裸で身体を張った演技が注目を集めた。
 
外見の容姿や若さだけでスクリーンに登場する昨今の女優と違い、オレたちの世界で、俗に「汚れ役」という苛酷な演技を求められる役に、真っ向から挑む貴重な女優だと思う。
 
器用ではない。俗にいう、うまい役者とも違う。だが、情念を演じさせたら、おそらく日本でも屈指の女優だ。
 
情念を演じるのが断トツだったのは、いまでも自殺なのか、事故なのか判然としないが、酔って下田の海に落ちて亡くなった、太地喜和子。実は、その太地に誘われて、寺島は文学座に4年いた。
 
情念を形にする点は同じとはいえ、太地は師匠の杉村春子同様、うまさがあった。最近は穏やかな役が多いが、自由劇場から登場した、余貴美子もそうだ。
 
寺島しのぶの演技は、それ自体、太地や杉村のようなぞくっとする女の色気がない。あからさまな女の色気を見せないで、情念を演じる。そこが寺島しのぶが、器用でないにもかかわらず、見る者の心を惹く独特の魅力だと思う。
 
一見、どこにでもいそうな女性。そこにある秘めた情念を出すのがうまい。それは歌舞伎の血のなせる技かもしれないと思うときがある。
 
今回も四肢を戦争で奪われ、顔にケロイドを負った帰還兵の夫とのセックスシーンが度々登場するが、女の色気があらかさまでないがゆえに、どきりとする。
 
つまりは、女の情念をだれにでもあり得る姿として、有無をいわさず見せる。実にシンプルで、かつリアルなのだ。
 
それは、世阿弥の「見えざるが花なり」「秘すれば花、秘さざれば花ならず」を感じさせる。全裸や濃密なラブシーンを見せながら、余剰な生理をそこに持ち込まない。見せながら、見せていない。それによって、映画が本来描こうとする世界を決して損なわない。そこが凄い。
 
寺島しのぶは、歌舞伎の名家の出身でありながら、赤目もそうだが、今回の作品も、低予算で、映画人の思いだけでつくる作品に、台本に惹かれて出演している。今回の撮影はスタッフわずか14人。撮影期間わずか12日。若松監督作品だから、そうだといえば、そうだが、劇場公開映画としては、低予算のマイナー系の制作だ。
 
映画学科や映画学校の学生たちが制作する映画にも主演している。その姿勢は仕事を越えている。
 
ここで映画の内容は詳しく述べないが、かつて、アメリカンニューシネマの時代に制作され、1971年に公開された『ジョニーは戦場へ行った』(監督ドルトン・トランポ 主演ティモシー・ボトムズ)と共通の反戦映画。
 
銃後の妻として、夫に仕えるのが当然という時代。帰還兵は、戦争で負傷し、四肢を失い、顔も崩れ、ただ食べて、寝て、セックスをするだけの身体なりながら、世間からは「軍神」と祀り上げられる。家族は妻が面倒を見るのは当然としながら、家の奥に押し込めれて、妻と二人だけのただ生きるだけの日々。
 
その帰還兵の苦しみとその妻の内面の苦悩と葛藤を描いている。
 
低予算でも、これだけの日本映画がつくれると、日本映画界が世界に誇れる作品。
 
戦争の悲惨と現実をこうした描き方をした作品は、かつて日本映画にない。戦争体験者でもある、高齢の若松監督の情熱と願い、そして、いまこの映画をつくろうとした思いに脱帽する。
 
同じく反戦をテーマとした、ある作品を制作したいというオレには、励みになる。