不思議体験 其の五
ぼくは ずいぶん 歩きましたよ
早く帰ろう 早くぼくのあの家へたどり着こう
薄ボンヤリした夕闇と競い合うようにして ぼくは 歩きました
気ばかりあせって なぜか ぼくのあの家は とても遠くにあったんです
ぼくは 歩き続けました すいぶん歩いたんですよ
家へ帰る道なのに ぼくは とても重っ苦しい気持で いっぱいだったんです
しかられるんじゃないだろうか 家に入れてもらえないんじゃないだろうか
遊びつかれたぼくの頭の中は そんな心もとなさで いっぱいだったんです
辺りのわびしい家並みが 夜のとばりに覆われそうになるころには
ぼくは もう泣き出しそうになっていました
早く帰りたい 早く家にたどり着きたい
ぼくは 人影もまばらになってしまった道を ひとりぽっちで歩いていました
夜の暗さの深まりに ぼくは もう ぼくのあの家へは帰れないかもしれない
そんな不安が追いうちをかけていたんです
家々の夕げの灯火がポツン ポツンと浮び上がるようになっても
ぼくのあの家は まだ遠くにあったんです
ぼくは 駆け出そうかと思いました
でも そんなことをすれば いまにも何もかもが壊れてなくなってしまうような気がしたんです
暗い空の白さの中に あの見慣れた木造平屋の家々の集まりが 影絵のように
ぼくのうるんだ視界に入ってきたとき
ぼくは いつか 駆け出していました
運動会のときより 夢中でかけていたんです
ぼくは 何か叫びそうになりました
でも それは 声にしようとして どうしても声にならないものだったんです
ぼくのあの家は もうすぐそこに見えているのに
ぼくは それでも必死にかけていました
ぼくのあの家のたたずまいを もう手に取れるところにいたのに
ぼくは もう 泣きじゃくっていたんです
でも
そこは
まじかに見るその家は
見たこともない 知らない家だったんです…
そうなんです
ぼくは いつか家からずっと遠くへ
心もとないほど遠くへ
引き返すこともできないほど遠くへ
来てしましっていたんです
そうなんです
それでも ぼくは ずいぶん歩いたんですよ
ぼくのあの家の方角へ ずいぶん歩いたんですよ
ええ
家路ですよ
とぼとぼ歩いたあの帰り道ですよ
そして 夕暮れだったんです
もちろん 舗装などされていない 雑草と小石の土ぼこりの道ですよ
雨がふれば 泥と水たまりでいっぱいの
あの歩きなれた道ですよ…
(秀嶋賢人・作 戯曲『覚書』より)
早く帰ろう 早くぼくのあの家へたどり着こう
薄ボンヤリした夕闇と競い合うようにして ぼくは 歩きました
気ばかりあせって なぜか ぼくのあの家は とても遠くにあったんです
ぼくは 歩き続けました すいぶん歩いたんですよ
家へ帰る道なのに ぼくは とても重っ苦しい気持で いっぱいだったんです
しかられるんじゃないだろうか 家に入れてもらえないんじゃないだろうか
遊びつかれたぼくの頭の中は そんな心もとなさで いっぱいだったんです
辺りのわびしい家並みが 夜のとばりに覆われそうになるころには
ぼくは もう泣き出しそうになっていました
早く帰りたい 早く家にたどり着きたい
ぼくは 人影もまばらになってしまった道を ひとりぽっちで歩いていました
夜の暗さの深まりに ぼくは もう ぼくのあの家へは帰れないかもしれない
そんな不安が追いうちをかけていたんです
家々の夕げの灯火がポツン ポツンと浮び上がるようになっても
ぼくのあの家は まだ遠くにあったんです
ぼくは 駆け出そうかと思いました
でも そんなことをすれば いまにも何もかもが壊れてなくなってしまうような気がしたんです
暗い空の白さの中に あの見慣れた木造平屋の家々の集まりが 影絵のように
ぼくのうるんだ視界に入ってきたとき
ぼくは いつか 駆け出していました
運動会のときより 夢中でかけていたんです
ぼくは 何か叫びそうになりました
でも それは 声にしようとして どうしても声にならないものだったんです
ぼくのあの家は もうすぐそこに見えているのに
ぼくは それでも必死にかけていました
ぼくのあの家のたたずまいを もう手に取れるところにいたのに
ぼくは もう 泣きじゃくっていたんです
でも
そこは
まじかに見るその家は
見たこともない 知らない家だったんです…
そうなんです
ぼくは いつか家からずっと遠くへ
心もとないほど遠くへ
引き返すこともできないほど遠くへ
来てしましっていたんです
そうなんです
それでも ぼくは ずいぶん歩いたんですよ
ぼくのあの家の方角へ ずいぶん歩いたんですよ
ええ
家路ですよ
とぼとぼ歩いたあの帰り道ですよ
そして 夕暮れだったんです
もちろん 舗装などされていない 雑草と小石の土ぼこりの道ですよ
雨がふれば 泥と水たまりでいっぱいの
あの歩きなれた道ですよ…
(秀嶋賢人・作 戯曲『覚書』より)