秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

大人の姿勢と知性

子どもであった頃の記憶を消して、大人のふりをする。

子どもの頃の満たされなかった欲求感情を引きずって、子どもであった頃の純真さを持ち越していると勘違いする。

思春期、青年期の子どもたち、若者たちが一番疎ましく思うのは、そんな大人たちだ。

昨今の若者たちは、育ちのいい子が多いので、そんな自分好きの大人たち相手でも、とりあえずはうまく立ち回り、程よく相手をしてくれるが、決して信頼や尊敬など抱いてはいない。

自分たちが思春期、青年期の頃のことを少しでも謙虚に振り返れば、そんな大人たちに信頼や尊敬の感情など芽生えなかったことがわかるだろうに。

たかだか、半径何メートルほどの狭い人生経験や社会経験で、たいした学習もしていないのに、それで周囲の信頼や尊敬が得られているとはき違えている。

先週の日曜日、今年最後で最大のイベント事業が終わった。半年がかりの本業の仕事とのブッキングで昨年にも増して、多忙だった1年だったが、イベントも作品も無事、約束通りに仕事を片づけることができた。

港区のイベントでは、この3年、毎年、来賓であいさつにご登壇いただいている方がいる。


そのごあいさつの内容は、85歳という最高齢者であるがゆえの、参加した高校生たちへの熱い思いにあふれていた。しかも、今回、超難関の科学技術高校生徒たちの参加があったことを念頭に置かれての気配りのあるお話だった。

「高校生諸君には、ぜひ、サイエンスを極めてもらいたい。資源もないこの国がこれから生き残るためには、人しかない。それも科学技術の最先端を拓く人材が何としても必要なんです…」。

かつて、敗戦からこの国が立ち上がろうとしたとき、それと同じ言葉があったことを思い出した。


そして、いまというこの時代に、あえて、それを語るF氏の思いが強く、ぼくの胸を打った。いまという時代だからこそ、日本人の、敗戦後の原点に戻って…。その思いは、集まった優秀な高校生たちに伝わっているという空気が広がっていた。

意見交換の場でも、ジョークや笑いが生まれる交流となった。参加した高校生たちの自由な意見や発想が飛び交い、客席も笑いに包まれた。音楽公演は終わっても
中座する人、帰る人もいなかった。

何かはわからくなくても、詳細にぼくらの活動やぼくの願いはわからなくても、あるいは、来賓の方々のあいさつやコメントの全部はわからなくても…

そこにあるメッセージが「君たち高校生」のものであることは確かに伝わっていたのだ。そして、それを受け止めようとする高校生たちの姿が、だれも席から立とうとはさせなかった。

そこには、おバカな大人がいなかったからだ。謙虚に高校生たちの音楽、姿、姿勢、言葉に耳を傾ける大人たちがいたからこそ、高校生たちも自由でいられた。

信頼や尊敬は肩書でもなければ、年齢でもない。まして立場や学歴でもない。その人の教養と素養、そして、生きる姿勢が、その言葉がどれだけ知性に満ち、開かれたものであるかどうかだけだ。