秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

忘れてはいけない感動と課題

あらかじめ約束されていたかのように、ぼくはまた東北のいろいろな人たちと、表に見えていない震災後の現実と再び出逢っている…

前回の弾丸ロケハン、それに続く撮影。そして今回の弾丸ロケハン。あの震災のときと同じように、回を重ねる毎に、見えていなかった現実、人々の言葉にしない向こうにある思いの形を垣間見させてもらっている。

取材で大事なのは、こちらの投げかけに応えてもらっている言葉やそのときの表情ではなく、話の中でふと飛び出すその人自らの言葉。そこにある断片的な思い、普段の会話ではみせない表情、止まったような瞬間の空気だとぼくは思っている。

それを感じるためには、こちらから、先入観や思い込みなしで、歩いていく。そこにいく、こちらから出向くということが大事なのだとつくづく思う。

今回も取材対象のみなさんと取材以外のこともいろいろ語り合った。

取材対象でないのに、取材のように出逢った人もいた。駅前旅館のおかみさん、タクシーの運転手さん、40年創業だが、海の家のように夏だけが盛りで、あとは客がいなと笑うレストハウスの若女将。漁師経験もある、×3のいまは無職のおじさん…といってもぼくより二つ下w 

言葉は交わさなかったが、朝、三陸鉄道で学校へ通う高校生や中学生の無口な後ろ姿。道の駅で、行くと必ずレジをやっている地元の女性たちの姿。夜遅い時間のローカル線で帰宅する高校生…。ぼくともう一人若い青年しか乗っていない最終ひとつ前の車輛を運転する運転手さんの姿…。

昼間取材以外のことで語り合った、地域の現実がそこに重なり、いろいろな思いが心を巡った。

今回の作品づくりは、なにかをぼくに教えよう、伝えようとしているのかもしれない。そして、それを次の作品に生かせ…そういわれているような気がしてならない。

東北3県は、ぼくには無理。そう思っていた。福島に集中したのは、原子力災害の直接的な影響があり、それはこの国の地域のあり方を考えるはずしてならない課題と考えていたからだ。

だが、自力不足で無理だと思いっていた、岩手、宮城にかかわってみると、自力不足などといっている場合ではないと教えられる感動をもらう。見てしまうと無視できない課題を突き付けられてしまう。

それは決して、岩手、宮城、福島に限ったことではない。この国の地方というものにある、忘れてはいけない感動と課題なのだ。

また、いろいろな学びをいただきました。ありがとうございました。