秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

組織から離れて

もうずいぶんおやすみしているけれど、震災前は、高視聴率ドラマのキャスティングプロデューサーSと湘南でよく船を操船していた。まさに、Sがキャスティングしていた男二人の「ビーチボーイズ」w

飛行機と船の操縦は、共通点が多いのだけれど、基本は、いま自分がどこにいるかを絶えず把握しておくことだ。三角測定や六分儀測定といった位置の測定法は死から自分や同乗者を守るために欠かせない。

NAVIが普及し、海図をにらみながらこまめに測定をする負担は減ったが、所詮、機械。なにかの拍子で破損し、使い物にならなくなる場合がある。波と格闘する長期間のヨットレースなどでは、機器の故障で、海図を広げることがある。そのため、バックアップ用のNAVIを搭載している船も少なくない。

ぼくらが組織や集団に所属する大きな動因は、生活のためや将来の目的のためとか、いろいろあるだろうけれど、ほんとのところ、社会という場で自分の位置を確保し、たえず確認できる位置情報を担保しておきたいからだ。

だけど、この20年のほどの間に、現実空間での社会とのつながりへの不安感、不信感が人々に広がり、また、位置情報を与えてくれるはずの組織や集団が当てにならないことに気づき、ぼくらは、SNSの登場もあって、生活空間そのものとは異なる時空の集合にコミットするようになった。

逆をいえば、それだけ、単一の生活空間での位置情報が不確かになってきたのだ。だが、いろいろな異空間の集団にコミットするには、コストがかかる。

位置情報への不安から多様なかかわりを持つようになりながら、それを維持するために、対価を得られる現実空間の組織、集団の優位性が高まるというパラドックスにはまってしまった。結果、位置の確認の不安は、ぼくらの終わりなき日常となっている。

積極的であるか、そうではないかは関係なく、とにかく組織から離れることができない。離れがたい。

組織や集団から絶対の安心はえられていなくとも、とりあえずは、そのルールや決まり、決め事の枠にいて、卒なく、しっかり現実の時空を滞らせなければ、対価も社会的な位置情報も、曖昧さはあるにせよ、保障される。

その間に、なにがしかのスキルや能力を身に付け、しかるべきタイミング、つまり、代替え可能な組織へ乗り換える。

いまに限らないが、家や親に強いネットワークでもないと、どこかの組織や集団にいるか、人の伝手がないと、なかなか、自力だけで位置情報確認の手立てをえることは難しいからだ。

結果、組織から組織、集団から集団へと渡りながら、じつは、現実の生活空間でのセレクトだから、そもそも組織や集団が持つ、ある種の硬直さ、閉塞さ、危うさ、排他性といったものから自由になれない。

もちろん、組織や集団のあり方にもよるけれど、おおむね、大小、質の違いはあっても、カスやホコリ、オリのようなものは、それらに付きまとう。

都議選を前に、小池人気に預かろうと、組織から組織、会派から会派と節操のないことが起きそうな気配だが、人のことを笑ってばかりはいられない。

ぼくは前からいっているけれど、政党政治という組織や集団に組みして行われる政治への不信感は果てしなく深い。トランプやフランスの国民戦線の台頭も、それぞれ組織や集団をつくってはいても、その内実は脆弱で、偏重している。

簡単にいうと、カチッとしてないw それが政党政治に飽き飽きしている位置情報の不安な人たちには心地いいのだ。

政党ばかりではない。宗教においても、かつて既存宗教を凌駕する勢いだった新宗教は、学会を除いて、その数を激減している。なにがしか徒党を組むこと、しかもがっちり、きっちり組むことが至上命題の組織、集団ほど、この弱さを露呈している。

自己啓発を目的とした、ゆるゆるの自分探し的サークルやナントナク自分改革集団が、いま有象無象出現しているが、かっちり、しっかりを目指している組織や集団の人たちには、ひとつひとつがあまりの小規模だから、歯牙にもかけていないだろう。

だが、いま組織や集団にしがみついて、そのカスやホコリ、オリを残したままで、なんとかなると考えているとしたら、愚かなことだ。人心はますます離れ、不確かな情報、オルタナティブ・ファクトが連発されても、それを信じる人の増大を止めることはできない。

組織から離れて、まず自らの組織や集団の姿をぼくらの目でみつめてみることだ。