脳天気な助走
かつて、いじめや子育ての取材ばかりしている時期があった。
札幌の家庭教育団体に取材したときのことだ。ひとりの母親がいった言葉が印象に残った。
札幌の家庭教育団体に取材したときのことだ。ひとりの母親がいった言葉が印象に残った。
「以前は、元気で、運動ができ、明るく、前向きな子どもであってほしい。そして、みんなに好かれる男の子であってほしい。そればかりを子どもに求めていた…」
じつは、思春期の子育てに悩む親たちの大半がこれと同じトーン、同じ子どもへの評価基準をもっている。
勉強ができるに越したことはない。だが、勉強は、そこそこでもいいから、明るく、元気で、運動ができ、人に好かれる子どもであってほしい…。
ところが、これにはすごい落とし穴がある。
私は教育ママじゃない、だって、勉強よりも、子どもを伸び伸び育てようとしてるのだから。そのどこがいけないの? という理屈になり、子育てへの振り返りや子どもが抱えている苦闘が眼中から消えてしまうのだ。
ぼくらの社会、世界は、もうずいぶん前から、この明るく、おおらか、元気で、前向きな人間でなければいけない、仲間にいれない、認めないものになっている。
障害や社会的な不利や不遇、試練をかかえた人間でも、苦難にめげることなく、笑顔でいることを要求する。
こんなにつらい状況でも、笑顔がすばらしい。パラリンピックの選手たちのうように、できている人がいるのだから、できない人はひねくれているか、社会の援助ばかり求めているだらしない奴なのだ…そんな否定が内在し、かつ蔓延しているのだ。
どんなに劣勢にあっても、この枠の中にいようという人はいいけど、この枠から外にいる人はダメ。
どんなに劣勢にあっても、この枠の中にいようという人はいいけど、この枠から外にいる人はダメ。
トランプ氏が次期大統領と決まってから、いまアメリカ国内で民族間、人種間の差別や差別によるいじめや暴力が氾濫している。
当選するために、彼の演出がばら撒いた白人優先主義が深い断絶を生むだけでなく、これまでブレーキがかかっていた、移民というだけで、イスラームというだけで、排除したり、傷つけてはいけないという社会通念までズタズタにした結果だ。
人々の中に内在化していたものを表面化させたことは悪いこととばかりはいえない。幼稚な知識人や軽薄な左翼は、それをだだ非難するばかりだが、現実には、ずっとくすぶり続けていた、アメリカという国が建国以来抱えている邪さが噴出しただけのことに過ぎない。
この国でも、沖縄担当大臣が土人発言に対して、「自分の認識として、土人という言葉は差別とは断定できない」などと平然と国会で答弁し、トランプ氏並に堂々としている。これもトランプ氏と同じ脳天気で、無知なだけだ。
江戸から戦前、戦間期の沖縄の人々が薩摩藩や明治政府、軍部からどのような扱いを受け、戦後も差別の中にさらされてきた事実を知らない。
沖縄戦の折りには、駐屯した旭川師団の上層部から沖縄人は、無知、無教養の「土人」であるがゆに、敵に寝返る危険があるため、捕虜ではなく、自決させるか、殺害せよという軍令が出され、書面として現存していることも知らないのだ。
そうした大臣を放置したまま、政権は、TPPを強行採決し、座礁した。クリントン候補が当選すると予測し、オバマ大統領との約束をトランプ氏も継承するだろうとじつに甘い、期待の迎合。だが、あきらかな政治的大失敗をした安倍首相が、トランプ次期大統領といち早く面会できたことをあたかも政治手腕のごとく政権も、マスコミも伝えている。
この国は、どこまで脳天気なのだろう。
まだ就任もしてない次期大統領に、もみ手をして勇んで会う首脳などどこにもいない。なぜなら、現大統領や二分しているアメリカ世論の半分を敵にまわすことに等しいからだ。
アメリカを侮ってはいけない。政権が脳天気に楽観視するほど、底の浅い国ではない。揺り戻しも、激しい揺れも起きる。
まして、閣僚人事、スタッフ陣容も決まらず、共和党との調整作業も数か月は必要な時期で、面談したところで正式の首脳会談にはならない。これまでクリントン一筋だった国が、あっというまに、白人優先主義のトランプに満面の笑顔をみせ、美辞麗句を並べたてている。
国際社会からみたら、所詮、占領下と変わらず、アメリカにおねだりするだけのgive me chocoletsのなんら確かな政治的、国家的理念や理想を持てない国としか映らないだろう。
これも勉強はそこそこでもいいから、明るく、元気で、おおらかで、人に好かれる人になってほしいと育てられ、それに逆らわなかった人のありがちな脳天気さだ。トランプ氏の無教養ぶりが笑いネタになりながら、愛されているのは、この脳天気さにほっとするからだ。
だが、国際政治は、脳天気さだけで乗り切れるものではない。残念ながら、勉強ができる子でないと立ちいかないし、互いの尊敬もえられないのだ。
トランプ氏に乗り換え、手もみする国の代表の姿をこの国の人たちが、本当に世界に誇れるとしたら、この国ももうおしまいだだろう。政権が楽観視しているほど、トランプ氏が脳天気ではないとしたら、その可能性は高いが、大きなしっぺ返し、不利益を被ることになる。
その助走がすでに始まっている。
その助走がすでに始まっている。