秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

奇跡の人と裸の王様

NHKプレミアで、ダントツにおもしろい連ドラをやっていることは、ぼくの周囲ではあまり知らないみたいなんだよね。

『奇跡の人』。岡田惠和の脚本もいいのだけれど、キャスティングがいいんだ。特に、主演の峯田和伸がハマり役なんだ。30代で、インディーズ系ロックバンドの音楽が好きな奴なら、だれでも知ってる。カリスマミュージシャン。

いまどき、ステージで全裸になって警察にしょっ引かれる奴なんていないけど、峯田は20代の頃、何度もやっている。まるで、60年代のアメリカのロックミュージシャン張りだ。

決して、うまいとか、巧みとかいうロッカーではないけれど、しゃべりの山形訛りのまま、本当にそのまんまを音楽にぶつける。その熱さが不器用さゆえにかえって光るんだ。

前回の放送で、こんな場面があった。ロックってそもそも、何なの?と問いかけるアパートの女主(宮本信子)に、峯田の親友ロック仲間の勝地涼がこう答えるんだ。

ロックのはじまりって、童話「裸の王様」に出てくる少年じゃないかってね。

裸で歩いている王様を見て、だれも声をあげない。そこに、少年は、「王様、裸じゃねぇ!? 」と大声で叫ぶ。それがロックのはじまりじゃないかってね。

みんなが裸だってわかってるけど、王様だから・・・と口を閉ざしてる。王様の無知をあばくと王様の体面や威厳を汚す、そう考える人がいる。王様がそうだといってるのだから、そうに違ないと鵜呑みにしている。王様が服を着ていると信じてるのに、それは違うといったら、捕えられる・・・おそれでいえない。

いろんなことを考えてみんなが口を閉ざすか、疑いを持たない。そこで、小さな声で、ね、おかしくねぇ? 裸じゃねぇ? といっても、周囲から、しーっと睨み付けられるか、無視されるかで終わる。

だけど、少年のように、でかい声で、なんのためらいも、とまいどもなく、「あれ! 王様、裸じゃねぇ!?  裸じゃん!」と叫ぶと、周囲もじつはそうだと言い始める。

やがて、口を閉ざしていた連中も、確かに、裸だ!と叫び始める。みんなが指摘できなかった現実、事実を明らかにすることで、いわば、王様のいうなり、思い込み、無知がつくった世界が変わる。

ロックってのは、そんなにふうに、当たり前だと思っている空気を切り裂いて、そのままじゃ変わらない世界をそうやって変えるものなんだ…。

いいセリフだし、前後関係もあるのだけれど、いい展開だった。

峯田演じるところのおバカな青年の愚直で、不器用で、だけどヘレン・ケラーと同じ聾者である少女にも可能性があると信じ切り、聾者だから無理とか、障害者福祉はとか、世間はとかいったことよりも、そうした空気を切り裂いて、新しい道をみつけようとする姿と重なっているんだ。

ぼくらは、この空気を切り裂くってことをこの数年、まともにやっていないな・・・ぼくは、その場面を見ながら、そう思っていた。

きっと、あの裸の王様は、自分が世界に二つとない、すばらしい服を着た、「奇跡の人」になりたいんだろうね。そして、そうだそうだと王様が裸なのに、いや、さすが「奇跡の人」だとはやし立てる民衆、それが見たいんだろうね…

それを切り裂く、少年の声は、この国からどんどん奪われている。そんな風景が見えたのさ。

きっと、少年は、いまこの国にいないのかもしれない。だって、もともと、裸の王様に裸だぞと大声で叫んだのは、外国の子どもだからね。

空気を切り裂けなくなったこの国のマスコミじゃなく、海外のマスコミの方が確かな指摘を続けている。恥ずかしいことさ。


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