秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

バレリーの声

イラク戦争直前、私は9.11グランドゼロにいた。その見学通路の壁に、見学に来た人々が書いたメッセージがいくつもあった。その中に、だれが書いたのか、“forgive us”という一際大きく書かれた文字をみつけた。

3000名以上が亡くなったグランドゼロにある、その言葉が鮮烈に心に残った。

渡米したのは、9.11遺族会Peaceful Tomorrowという平和市民団体の紹介で、ニューヨーク在住のバレリーという高齢の女性にインタビュー取材するためだ。
ロスの反戦市民ラジオ放送局を取材したあと、ニューヨークへ飛んだのだ。

ご承知の方もいると思うが、ニューヨークツインタワービルを襲った自爆テロによる被害者家族、9.11遺族会は、テロへの報復を叫ぶ当時のブッシュ政権に同調する遺族会とこれに反対する遺族会に分裂した。

Peaceful Tomorrowは、その名の示す通り、ブッシュ政権のアフガン空爆、そして、開戦まじかといわれていたイラク戦争にも反対を表明し、国内はもとより、世界各国で平和講演とアフガン空爆イラク戦争反対のデモを行っていた団体だ。

左派とか、左翼とか言われる人々ではない。ごく普通の人々であり、支持政党は共和党もいれば、民主党もいた。また、ツインタワーに勤務する家族や親族がいるということは、生活レベルにおいても決して貧しい人々ではない。平均より豊かな生活の方が多い。

いかなる理由があれ、テロに対して、国連の承認もなく、いわばテロと同様の報復の戦争で対抗する。圧倒的な軍事力で仕返しをする。それでは、中東とアメリカの本質的な問題の解決にはならない。逆に、アフガン空爆がそうであったように、そこに憎しみが生まれ、また新たなテロを生み出す。

私たちが経験した同じ悲しみをだれかに与えてほしくはない。憎悪の連鎖を断ち切るために、平和のための対話
と行動によって憎しみを乗り越える。その困難な道を私たちは選択する。国にもその選択をしてもらいたい。テロによって肉親、親族を失った人々のその思いと決意は重く、深かった。

同時に、アメリカという国の凄さも実感した。武力による中東への攻撃が熱に浮かされたように叫ばれる中、こうした冷静で知性にあふれた選択を叫ぶ人がしっかりいたからだ。

私は都合二日間、現代美術のキュレーターであり、プロデュースバイヤーでもるバレリーの自宅兼事務所と翌日のニュージャージーのクエーカー教徒の教会での講演に同行した。

甥の死とその肉片のついた時計を手にしたときのことを語るバレリーからは、出会ったときから見せていた知的な笑顔とユーモア、ジョークにあふれたほほえみは消えていた。昨日のことのように涙にあふれ、悲しみを語る彼女は、だが、決してその悲しみの感情を憎悪や対立へ転換してはいけないのだと強く語り続けた。

いま巷では、脅威への抑止のために必要とか、米軍との一体化は絶対にないとか、戦闘地域ではない後方支援だとか、まことしやかに、語られている。戦争を知らない人たちが、戦争の危機を感じたこともない人たちが冷房の効いた議場や委員会室で語っている。

麦やイモや貧相な食事しかない生活をしたこともない人たちが、そうだそうだと威勢のいい掛け声をあげている。好きな酒も飲め、好きな映画も見れ、好きなものを食べられる生活の中で…

9.11まで、彼らもそうだったかもしれない。イスラエル擁護とそれによる武器無償供与、緊急時のアメリカ軍のイスラエル派兵…それが結果的に、非戦闘員を含め、毎月200名以上の中東の人々を殺傷していても、それが抑止であり、脅威への対処と信じたのだろう。

だが、9.11という現実に直面し、その報復を選択するのかしないのかを深く考えたとき、アメリカの正義が決して、普遍的で、根拠のある正義ではないことを知ったのだ。そして、そこに浮かび合った言葉は、イスラエル擁護によって中東の人々、イスラームを否定してきた自分たちへの、forgive usという言葉だった。

対立や紛争、暴力や戦争、テロには、要因がある。そのとき、その瞬間、被害を受けた側にだけ正義があるのではない。要因をもらたした自分たちも相手にとっての正義を蹂躙しているのだ。

そうならないために、まずやらなけれならない対話や相互理解のための努力をせず、なにも理解のないまま、無知と偏見から危機と脅威だけに煽られ、問答無用で暴力に訴える…。そして、また、相手にも理解されないまま、無知と偏見が危機と脅威を煽り、暴力に訴える。

私たちを許してください。私たちもあなたを許しますから。深い悲しみ苦しみの中で、互いの憎悪や怨念を断ち切るその決意は生易しいものではない。

だが、それなくして、暴力を国際紛争の解決の手段とする道から人類が脱却できる道はない。自由になれる道はない。

国民の安全と生活は、そうやってこそ、守られるのだ。泥沼のテロの不安、脅威。泥沼のアフガン、イラク、IS…それを導き出したのは、バレリーたちではなく、その声を無視した人々だ。