秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

しゃんしゃんしゃん

先日の新国立競技場建設へ向けた有識者会議。

読売の世論調査で8割の国民が、建設見直しを表明した矢先のことだ。建設費がかかり過ぎることへの検証を求める声も、その内訳や詳細な計画書が提示されていないことへの不信も、対案となる新しい立案や計画の提言も、なにひとつなされず、ふれることもせず、よくぞ、ここまで予算を減額できた…と、しゃんしゃんしゃん。

そのあとすぐに、2500億円には、仮設椅子の設置費用など500億円がふくまれていないことがわかった。それでも、有識者会議のメンバーは何食わぬ顔。

国立競技場という名の示すように、国民の血税を費やして建設される建物。それに国民の8割が異議を唱えているのに、平然と仲間内でしゃんしゃんしゃんで終わらせられる神経とはいったいどういうものなのだろう。

メンバーの人間は、まちがいなく20年後、30年後には、この世にいない。建設したら終わりではなく、そのあとに開閉式の天井もつけ、1年間の管理維持費は当初の13億円をはるかに超えるといわれている。

すべて次世代のつけにして、自分や自分の所属するオリンピック組織委員会ラグビー協会など団体の見栄と体裁、面子だけのためのしゃんしゃんしゃん。そこに、国民生活のひっ迫も、沖縄や福島の課題も、頭にはない。

だが、あのしゃんしゃんしゃんの風景。どこかで見たような風景…そう思った人は少なくないはずだ。

無理くりなのは最初から計算の上のことだろう。当初から危ぶむ声があった。4月になって、2500億とか3000億とかいう数字が表に出てきた。引き返すことはできないという理由がほしかったからだ。だれが、それを指示し、示唆したのか…。海外先進国、その一流国の見栄と体裁、面子のためには、国民不在で安保法制を含め、しゃんしゃんしゃんをやりたがっている人たちだ。

私たちは、しゃんしゃんしゃんがどうしてこうも好きなのだろう。意見を闘わせることも、市井の人々の声や願いを聞こうともせず、なんでもかんでも、それで蓋をする。

国民もなめられたものだ。

戦後、「民主主義」しかなった国が、戦後70年の節目に、民主主義とは程遠い、しゃんしゃんしゃんの国に成り下がり、既得権者や権力者のやりたい放題の三流国となっている。

あのどこかで見た風景。本人たちは一等国を目指しているつもりが、じつは、傍から見れば、品格も品位もない三等国のオジサンたちが、到底なり得ない、一等国の猿真似芝居をやっているようにしか映らない。

ゼンマイ仕掛けのサルの人形たちが、必死でシンバルをたたいている。

しゃんしゃんしゃん。