自分に会いにいく
久しぶりに、5月8日、劇団SCOT代表(元早稲田小劇場主宰者)の鈴木忠志の講演を聞きに、母校演劇博物館にいくことにする。
いわきでのCM撮影と映画上映会の丁度谷間。偶然、その日だけが東京にいた。
この間、池尻大橋の割烹「いわき七浜」で「誇り」の上映会をやったこともあり、どこかでそこでも上映会をと考えている。
その間に、いわき市の中之作漁港で、漁船をつかったローカルCMにしては手間のかかる制作をやる。
また、この半年、何かの形で連携しようと模索してきたいわき市内のNPOや地域プロジェクトの団体イベントがあり、それも久しぶりにカメラを担いで取材することにしている。定例のMOVE放送の素材だ。場合によって、変則ながら、現地からUSTで配信することも考えている。
と、映像がらみ、映画がらみの時間の中で、久々、鈴木忠志が母校にくるという情報にふれた。卒業して劇団をやっていた頃、早稲田小劇場が富山に移転した。鈴木さんのいる利賀村には毎年、顔をだしていたが、それ以来となる。
と、映像がらみ、映画がらみの時間の中で、久々、鈴木忠志が母校にくるという情報にふれた。卒業して劇団をやっていた頃、早稲田小劇場が富山に移転した。鈴木さんのいる利賀村には毎年、顔をだしていたが、それ以来となる。
これは、あっぱれというしかないのだが、早稲田が、大学経営の小劇場を始めることになったのだ。その起工記念イベント。
ひとつには、数年前に早稲田芸術学校を創立したこととも無縁ではないだろう。だが、実践の舞台を大学本体が劇場を経営するというのは画期的なことだ。
だが、演劇研究であって、学科の中に実践としての演劇科はない。もっぱら、学生自身による劇団がそれを担ってきた。その水準の高さは、これまで一線で活躍する俳優、演出家、あるいはシナリオライター、映画監督、テレビ演出家の多くが早稲田から出ているのを見てもわかる。
なんでも、今度の「早稲田小劇場どらま館」は、別役実や鈴木忠志にその名を使用する許可をとっての上のことらしい。早稲田小劇場といえば、あの、純喫茶モンシェリの2Fの狭い劇場だ。どうやら、その跡地を利用するらしい。
ちょっと時代錯誤といわれかねないが、小劇場を起点に新しい演劇を創造した、その原点を見直そうという意志はまちがってはいない。
なんでも、今度の「早稲田小劇場どらま館」は、別役実や鈴木忠志にその名を使用する許可をとっての上のことらしい。早稲田小劇場といえば、あの、純喫茶モンシェリの2Fの狭い劇場だ。どうやら、その跡地を利用するらしい。
ちょっと時代錯誤といわれかねないが、小劇場を起点に新しい演劇を創造した、その原点を見直そうという意志はまちがってはいない。
いま、俳優も作家も演出家も、ずば抜けた人というのが、規定の養成機関や養成所から出ない。力のある人でも、卒ない人ばかりだ。逆に、ミュージシャンやモデル事務所からメジャーへ直接あがる人、芸能事務所のスカウトと養成であがってくる人に力がある。
小劇場からあがってくる人間もいなくはないが、私たち時代には遠く及ばない。
破天荒で、なにをやるかわららない。芝居は粗いが強く人の心を惹く。そういったものは、やはり不備、不具合とった十全でない中からしか生まれない。また、テレビに出ることを夢にしているような人では、十全でない時間を生きぬく力がない。
今回の作品もだが、今年から仕事の質と内容を変えようとしているときに、久々、演劇において多大な影響を受けた人の話を聞く機会をもらう…。
きっとこれも何かのサイファに違いない。あの、貧しく、やさぐれながら、ただ、ただ芝居がやりたくて、芝居のために必死で、それにつながることを学び、そして、ただ芝居だけをやっていた時代の自分に会えるかもしれない…。