秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

今年も

あけまして、おめでとうございます。
 
とはいいつつも、今年はお雑煮やおせちもどきをつつくことも、酒に酔いしれることもない年明けです。毎年、恒例の相模之国一宮寒川神社と地元乃木神社へはお参りしました。
 
仕事が年明け締切が続くこともありますが、年末に仲間が亡くなったこともあり、年賀状もお送りできていない状態。ここに失礼の段、御詫びします。
 
今年は、一難去ってまた一難という年。内外にいろいろな課題を抱えて国そのものがひとつ舵取りを誤ると人々が大きな苦しみにさらされる年ということです。

対立よりも融和、競争よりも協働、異なるものを受けいる度量の大きさのあるなしが明暗を分けるといえるでしょう。人間力、地域力、社会の底力が問われるのです。
 
そうしたときこそ、真偽の見分けがつきやすく、人も組織も集団も、その目的とすることや願いとしていることが本当に、言葉通りであるか否かが透けて見える年にもなるということでしょう。

混乱や困難がある分、いろいろなことが生まれる分かれ目の年にもなり、これまで誠実に、真摯にその役割、職責、使命に順じてきた人や組織とそうではない人や組織の違いが明らかになる年なのかもしれません。
 
人は一時のことでいろいろなことを判断しがちですが、私たちの生活も地域も社会も、あるときわけもなくよくなるのでもなく、また、あるとき突然わるくなるのでもない。
 
よくない状態になるのは、それを導いてる何かの要因があり、また、いい状態になるには、そうさせる何かの要因があります。
 
さらに、よくない状態だとはいっても、そのことで深くなにかをみつめ、学び、知ることもできますし、いい状態だからと有頂天になっていては、すぐに手の隙間からそれは逃げていきます。

すべては、まず自分の心のあり方ひとつ。そして、心に思うことを行動という形にしていくことがなによりも大事なのではないでしょうか。人と向き合い、いろいろに悩み、傷つき、ときにまた人にいやされ、救われながら、心を鍛えることが肝要。
 
とはいいつつ、あるときはそうできても、あるときにはついそれができないというのが普通です。
 
自分の足りなさや未熟さは一生自分と共にある。そう謙虚に自己をみつめ、また、今年一年、そんな自分を認め、猛省しながら、互いに支えあって、いきましょう。

今年もどうかよろしくお願いいたします。