秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

分かち合いの経済学

昨夕、いわき福島復興オフィスのI社長とSmart City MOVEのリーフレット制作の打ち合わせ。今朝は、そのIさんが出店している、東京マラソンゴール地点の福島物産出店のブースに顔を出す。
 
福島県東京事務所のKさん、所長のIさんとも会い、ちょっとしたミニミーティング。
 
一旦事務所に戻ってから、すぐに六本木ハリウッドプラザへ。数日前、内閣諮問機関の子育て支援の元委員長でもあり、子育て支援ではエキスパートの大日向先生から携帯に電話をもらっていた。

港区の委託事業で、子育てひろばを10年続けてるNPO法人代表でもある大日向先生。次のステップとして、団塊世代の退職していく男性たちに子育て支援事業を通して、地域活動に参加してもらおうという取り組みを始めた。
 
その開始前の告知を兼ねたシンポジウムに、ぜひ参加してもらいと連絡いただいたのだ。

基調講演までしかいられなかったが、実にいい講演。いまオレが福島を舞台に展開している、そして、これから本格化させようとしている、Smart City MOVE、つまり、
市民協働主義の理念やこれから訪れると予測している市民協働主義社会の姿とまったく同じ考えで、痛く元気づけられた。
 
政治経済のしくみとこれまでの理念が大きく変わる時代を迎え、次に国際社会が進む方向性を見事に予見されている。
 
講演者は、元東京大学経済学部教授で、現在名誉教授となり、政府税制調査会専門委員会委員長の神野直彦先生。近著「分かち合いの経済学」はよく知られている。

詳細は改めて紹介する。代わりに、経済学者の以下の言葉を引用しておこう。

第二次大戦後、スウェーデンは豊かな国となり、人々が「繁栄」と呼ぶ状況を生み出した。私たちは、あまりに簡単に幸福になりすぎた。
人々は、それは公正であるかを議論した。
私たちは戦争を回避し、工場を建設し、そこへ農民の子どもが働きに行った。農業社会は解体され、私たちの国は新しい国になったが、人々が本当にわが家にいるといった感覚をもてたかどうかは確かではない。
1950年から60年に至る10年間に、毎日300戸の小農家が閉業するというスピードで、農業国スウェーデンが終焉した。
人々は大きな単位、大きなコミューン(市町村)を信じ、都市には遠い将来にわたって労働が存在すると信じた。

私たちは当然のことながら物資的には豊かになったが、簡単な言葉でいえば、平安というべきものを使い果たした。私たちは新しい国で、お互いに他人同士となった。

小農家が消滅するとともに、小職人や小商店が、そして、病気のおばあさんが横になっていたあの小さな部屋、あの小さな学校、あの子豚たち、あの小さなダンスホールなども姿を消した。そういう小さな世界はもう残っていない。
小さいものは何であれ、儲けが少ないというのが理由だった。
なぜなら、幸せの呪文は<儲かる社会>だったからだ。
 
ティーグ・クレッソン