秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

鎮魂を胸に

芝居台本でも、映画の脚本でも、そして、イベントの台本でも、そこには眼目となるものがなくてはいけない。
 
そして、その眼目を導き、浮き立たせるための展開と節が必要になる
 
それを考える。そのために想像力を働かせるというのは、結果的にその作品をつくろうとしてるつくり手の側の作品テーマへの理解と認識の深さや思いというものを問うてくる。もちろん、技量もだ。
 
この数日、「福島・東北まつり」のイベント項目と進行表をつくりながら、改めてそのことに気づかされた。いろいろな事情で、十全とはいえない、与えられたいくつのアイテムのそれぞれにある本質、それがなぜいまここでパフォーマンスされてなくてはいけないのか、その意味と願いは何なのか…来訪した人たちにそれを問われたとき、こうだと言い切るだけのSomething…それがここにも必要だからだ。
 
今回、福島全県に拡大し、いくつかの他の東北地方からの応援参加もある。その中で、昨年のいわきまつりと大きく違うのは、来年からのNHK大河の舞台のひとつが戊辰戦争の舞台となった会津若松市だということ。
 
若松だけでなく、奥羽越列藩同盟によって、戊辰戦争では、白河もいわきも戦火の地となっている。
 
なにも、単純にNHKの大河の話題性に乗ろうというのではない。だが、それが、福島県戊辰戦争後の中央政府からの差別と冷遇、その結果、人々を襲った貧困と、それゆに、自由自治を掲げて自由民権運動がもっとも勃興した歴史的事実や同時に、それが、さらに福島弾圧への道へとつながった経緯などを人々に伝えるいい切り口にはなるということだ。
 
その弾圧の中でも福島は生き延びてきた。予断だが、2.26事件の下士官、将校の多くが仙台練兵場時代の野戦訓練中に見た、福島の山村の疲弊した農民の姿に強烈なショックを受け、決起するひとつの動因となっていたことはあまり知られていない。
 
ときに娘を売り、子どもを間引きし、福島、及び東北の農村は生き延びたのだ。そして、いま、震災と原発事故の中で、再び政治の無策の中で、そして、風評という差別と偏見の中で、福島は忘れられようとしている。
 
昨年に続き、今年も郡上おどりが参加してくれる。前にも書いが、会津戦争では松平容保が郡上からの養子として会津に入ったこともあり、郡上から郡上隊が応援隊として参加している。意図していたわけではないが、何かに導かれるように、郡上八幡を所領地としていた青山家のあった、ここ港区青山、乃木坂で二つが出会うことになった。
 
地域の踊りは、その地域に生きてきた人の喜び、悲しみ、無念さ、悔しさ…生活の中にあるそのいろいろなのを含みこんでいる。昨年も、だから、踊りにこだわった。いわきのじゃんがら念仏踊りを呼びたいと願ったのもそのためだ。地方というものを象徴するものだからだ。
 
今回、イベントの終盤は、あずまっぺで会で出会った会津若松市出身の民謡アイドルの永峯恵さんに会津民謡、福島民謡を歌ってもらう。そのあと、福島民報のKさんたちグループやっている、慰霊の願いをこめた、竹あかりというキャンドルの灯りの中で、郡上おどりを踊ってもらうことにした。
 
震災と津波はもちろんだ。しかし、それ以前から中央権力によって理不尽に、不条理にいのちを奪われていった、福島に限らない、地域、庶民、人々の鎮魂になればいい。そう思っている。その思いを胸に、新しい地域づくりを目指そう。それが、副題にある、ふくしまから歩み出そう…ということの奥にある願いだ。