秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

なかったことにできない

11日に開催するITセミナーの段取りがほぼ完了。そんなことを考えながらちょいとつかれた体を休めていたら、ふと、今日が5月8日だということに気づく。
 
最近、プライベートなことで気にかかっているのは、息子の就活。先日、相模原のかみさんが経理の処理にきてくれたとき、当初エントリーした会社は全滅だったという知らせを受ける。さすがに、落ち込んでいるらしいが、終わったことを悔やんでみても仕方がない。結果から判断するに、会社の選択のしかたに問題があるのだろう。
 
うちの息子に限らないだろうが、奴には強い信念や目標を持つ機会がなかった。どうしてもこれがやりたい…という選択も少なかった。仲のいい友人の影響で、ロックもやったし、ゲームにもはまった。影響を受けるのはいい。だが、どこかで、それを自分のものにしてなくては、自分の信念や目標にはなっていかない。
 
父親がずっとそばにいてやれば、それができるということではないだろうが、ダメオヤジとしては、そこに責任も感じている。オレ自身、何か選択に迷った時、オヤジの言葉が少なからず励ましになったし、逆に反発心になってがんばろうとした…ということがあるからだ。
 
息子にそうしたさびしい思いをさせたのはオレだが、そのオレの気持をもっていったものが、上海の彼女だった。その誕生日が今日…。昨年は、福島への支援活動にいっぱいで、彼女の誕生日も忘れたいたが、ふと思い出し、久々に℡をした。いまはいい男性と出会い、落ち着いた生活をしている。電話口には、いつもの明るく張りのある声がかえっきた。そして、出会った頃のまま、下ネタを交えたジョークで互いに大笑いした…。一時、病気の不安に襲われていたが、すっかり元気になったと声が教えている。
 
あれだけ、日本が好きだった人だが、「日本はこわいよ…」という。そう。震災と震災後いまも続く余震、そして放射能不安は上海まで届いている。彼女の友人で、同じ頃であったS子は、東京にマンションをもっているのだが、もう日本には住まないと売り出しているらしい。
 
昨日、11日のセミナーの打ち合わせにきてくれて、会社に戻る前の時間、飲みに付き合ってくれた福島市出身のAくんに「その後、福島市はどうだい?」と聴くと、被災地意識が表面上、薄れてきているように見える…と答えた。同時に、被災地への支援やサポートへの情熱も国全体から希薄になっているとも。彼は大手広告代理店にいるから、仕事の動きや入ってくる情報を見ていて、なお、そう実感できるのだろう。
 
しかし、日本で生活経験のある普通の人が、彼女たちのように、まだ日本に不安を持っているのだ。日本人は、“なかったことにする”ことが得意だ。それがある意味、日本人のたくましさの源泉かもしれないが、同時に、それが社会のしくみを糺す力を阻んできた。

息子ではないが、親となった以上、どんなダメオヤジでも息子の人生形成には責任がある。自立した、自分とは別の人格であることは尊重しなくてはならない。しかし、奴の生き方について、直接的ではないにせよ、責任を持つためには、なかったこになどできないのだ。
 
なかったことにできないからこそ、互いを大切にできる。なかったことにできないからこそ、何かを育てようとする。できなかいからこそ、よりよくあるために何をしなくてはならないかを考えられる。