秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

日本の面影

この前の日曜日、NHKで震災シリーズの第一回となるドキュメント番組を放送していた。NHKドキュメントで放送されているのを見逃していたのかもしれない。
 
ドキュメントのアンカーをつとめていたのは、渡辺謙。一部報道で知られているが、気仙沼など被災地へ支援物資をとどけ、地元の人たちとふれあいを持つ活動をいまも続けている。
 
同じ時期、民放のドラマでは、歌舞伎町にある「新宿歌舞伎町駆けこみ寺」(現、一般社団法人日本駆けこみ寺)の玄秀盛氏を演じていた。駆けこみ寺の活動を立ち上げの頃から取材し、玄氏との恋に破れ、気仙沼の酒蔵に嫁ぎ、被災して亡くなった女性ジャーナリストと玄氏の絡みを描いている。
 
また、NHKが海外との共同制作で制作した震災ドキュメント番組の制作に関わり、その延長で、ダボス会議で震災と震災後の世界のあり方についてスピーチを行った。民放作品にはふれていないが、その姿を追ったドキュメンタリー。
 
番組の最後に、渡辺謙がこういう趣旨のコメントをしていた。
 
原発依存からの脱却、再生可能エネルギーの利用といったことは当然ながら、そこに象徴されるように、これまでの社会のあり方、物質的な豊かさだけを第一とした姿から、大きくいろいろなものを変えるときにきている…ということだ。
 
つまびらかには語っていなかったが、この人には、これから進むべき日本、そして世界のあり方が見えている。日本や日本人のアイデンティティに強くこだわりつつ、決して、閉塞し、排他的な民族主義者の志向をとっていない。海外を仕事の場とし、生活もそこに過ごすことで見えているものがある。
 
渡辺謙日本的なるものへのこだわりとこれまでの国のあり方を見直さなくてはいけないという視点は、ラフカディ・オハーン(小泉八雲)が日露戦争によってこの国が進む西欧軍事主義への道を「日本の面影」という著書の中で、警告していた文体と似ている。岡倉天心の「東洋の覚醒」でも同じような文脈がみえる。また、「葉隠」の影響も。

何を隠そう、オレ自身、ラフカディ・オハーン、岡倉天心、自分の出自、鍋島藩が生んだ「葉隠」をずいぶんやったからだ。そのきっかけとなったのは、山田太一原作のNHKドラマ「日本の面影」(主演:ジョージ・チャキリス、檀ふみ)だった。

そういえば、渡辺謙は、NHK大河の伊達政宗で復活した。何事につけ、以来、政宗に守られているような気がしていると何かのインタビューで答えていた。渡辺謙が俳優でありながら、俳優という枠を超えて、エグゼクティブプロデューサーをやり、ときに企画を出しとやっている作品は、おしなべて、いまこの国にある変革すべき課題をテーマとしている。
 
それも何かの力に導かれてのことなのだろう。取り戻すべきは、日本の面影…。オレとその符号が一致している理由はいずれわかるときが来るような気がしている。