秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

回復する道

昨夜は、イガ、ネーリストK、ハマ、オカちゃんたちと乃木坂の魚信で、ささやかな忘年会。前日の酒が残るといってオカちゃんは一軒目で退散したが、二軒目は、久々、地酒の店ハンナへ。

ハンナのババア、年末にネーリストやオレの顔を見れて、うれしかったのだろう。どこか少女のようにはしゃいでやがるw
 
ママをババアと呼び、歯に物着せず、ものをいうものだから、ネーリストに度々注意されるw ひとり暮らしのババア。腐乱死体で発見されらないよう、自宅位置を確認!
 
と冗談めかしていっているが…ババアももう80。かかりつけの病院もあるし、埼玉や近在に近親者や友人もいないわけではないが、ひとり暮らしの高齢者は何が起きてもおかしくはない。
 
地方、都市にかかわりなく、単身者世帯が急増している。
 
結婚しない、できない男女は否応なく単身世帯。地方に職がなく、職を求めて、周辺の都市へ出れば、これも単身暮らしになる。それでいながら、コミュニケーション力の不足から、なかなか異性と出会えない人もいる。
 
婚活や職場恋愛など、手近な出会いや数回のデートで相手を決めて、結果、交際が破たんする、離婚するという例も少なくない。そもそも、婚活や町コンができる人間はまだ経済的なゆとりがある。それがない人間はその枠にも入れない。
 
離婚率が高くなれば、母子、父子家庭も多くなるし、子どもが巣立てば、これも単身世帯になる。ババアのように結婚しないまま高齢になる人も増えているし、高齢であるがゆえに、夫や妻に先立たれて、ひとり暮らしを送る…という人も少なくない。

自分に既往症や病気をかかえてなければ、まだまだがんばれるところもあるだろう。しかし、いつどのような病気になるかもわからないし、どのような事故や災害に遭うかかもわからない。
 
よくよく考えてみれば、オレたちの日常というのは、実に危うい、頼りない中で成立しているのだ。地域としての人の結びつき、町内単位での人と人との関係が希薄になっていることがそれに拍車をかける。
 
震災でオレがもっとも無念に思うことのひとつは、よしあしはべつに、これまでからくも保たれていた地域共同体の枠組みが失われたことだ。
 
こんな孤の時代に、漁業や農業の収穫、二次、三次加工によって地域の枠組みをからくもつないでいた。ときには、うっとうしくとも、互いの顔や様子を見れる近接さの中に地域があった。それが失われたことが悔しい。
 
だからこそ、これまでの土地を基本とした地域共同体に変わる、新しい共同体の枠組みが必要なのだ。土地とは行政の枠組みで仕切られた区画だ。それが、すでに制度的に、生活習慣的に失われているとしたら、行政の枠組みを越えて人が結びつける仕組みがいる。
 
それは、医療においても、教育においても、生産・物流においても、文化や芸術においてもいえることだとオレは思う。
 
人は人と人の関係においてしか、生きる喜びは得られない。生活の糧を得られない。自分の生活の場でそれが喪失した、失われつつあるなら、生活の枠組みを越えて、また、新たな人と人との関係を築くしか、道はない。

それが相互扶助、自助、公助を回復する道。