もうよかけん。帰りんしゃい
おふくろが最初に倒れたのは、東京芸術大学の100周年事業映像の総監督をしているときだった。平均睡眠時間2時間か、3時間の頃で、偶然、自宅でシナリオを書いていたときだった。
おやじは仕事が忙しいからと、最初、オレに電話をするなと姉にいっていたらしい。しかし、絶命するかもしれないというときに、兄弟がいないのは…と姉は泣きながら電話をしてきた。おやじの電話ではそんなことは一言もいっていなかった。
原稿用紙を抱えたまま飛行機に飛び乗って、福岡の病院にいってみると、おやじも姉ももう涙でいっぱいになっていた。
幸い、そのときは一命をとりとめた。オレは、無事を確認して、おふくろと少しだけ話をして、翌日に帰った。「あんた、忙しいっちゃろう? もうよかけん。帰りんしゃい」。
何かあると、いつもそれがおふくろの口癖だった。
4年前の11月。亡くなる一週間前に会ったときも、同じことをおふくろはいっていた。
いつもと違っていたのは、別れ際、オレの手を驚くほど、強い力で握り返したことだ。その手は実にあたたかく、やわらかかった。
「もう会えない…」。オレもおふくろもあのとき、そう覚悟していたような気がする。そして、一週間後、それは現実になった。
オレは、いつもおふくろのその言葉に許されて好きな道を自分のしたいように生きてきた。
オレは、いつもおふくろのその言葉に許されて好きな道を自分のしたいように生きてきた。
「あんた、忙しいっちゃろう? もうよかけん。帰りんしゃい」。いま生きていても、いわき市のことや何かで忙しいオレに、おふくろは同じようにそういったと思う。
「捨ててきたものの、重さがわかるまで、二度と帰ってくるな…」。JR東日本の昔のCFのコピーだ。重さはわかりはじめた。だが、帰って会えるおふくろも、福岡の家もオレには、もうない。
今朝は、博多山笠追い山だった。