秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

日本文化防衛論

昨夜は、奇遇の出会いをした同じマンションにオフィスを構える、インテリアデザイナーのCさんと移転のご挨拶をかねて飲む。

実は、昨年末、赤坂で食堂をやっているYさんの紹介で、お会いして、プライベートな悩みをお聞きした。そのとき、名刺をいただいて、びっくり。30分前に下見にいった、いまのマンションの住所。不思議なことはあるものだと、互いに語りながら、近くの魚料理の店でずいぶん飲んだ。

移転したら、オレがいつも話す、青山村で飲みましょうということで、昨夜は、Redにご案内。折りしも、最近、オレのブログに度々登場する、くだんの京女優のKさんが、今週末に京都の実家に帰省するので、週の前半、青山村にいけたらなと、つぶやいていたことを思い出し、急のお誘い。

丁度、渋谷でお買い物中だった、KさんとRedで合流し、初対面のCさんとKさんを引き合わせ、飲む。

ソンチョウという言葉にはまって、笑い転げていた加圧トレーナーのRさんにもメールを送ったが、なにしろ、突然のお誘いで、親戚の家にいるとのこと。残念がっていたが、また、改めてお誘いすることにする。

ネーリストのKも途中参加。雪がちらちら舞う寒い夜。客は来ないだろうと思っていると、青山村のおちゃべり小僧の博報堂系のKさんがひとりで現われる。

ひとりではなんだからと、オーナーのYouがオレたちのテーブルに入れ、Kさんを散々いじる。営業管理職らしく、自ら笑いの種になる辺りはさすが。だが、勢いにまかせて、受けない話題をふるのは、いつもの癖。

ソンチョウとしては、もっとインテリジェンスにあふれた模範的村民、ハマやイガ、Oちゃん、いっちゃってる感じのイワあたりが、初めてのCさん、京女優のKさんには好印象だとは思ったが、一番ダメな村民と紹介してお茶を濁す(爆)。

しかし、Youも博報堂系のKさんも、思った通り、センスのひかる着物姿の京言葉にメロメロになっている。どうして、多くの日本の男子は、着物、京言葉となると、こうも弱いのか。

「たかだか、京女のひとりくらいで、いい男子がガタガタすんじゃねぇ」と檄を飛ばす。

そうなってしまうのは、日本文化に対する造詣と知識と体験が、あまりに乏しいからだ。わが青山村の最大の弱点は、そこかもしれない。なにせ、洋楽コテコテのアメリカンカルチャーバリバリだから、それは無理もない。

この国は、戦後、意図して日本文化を学ばなければ、知識や情報、そして体験がえられない国に成り果てた。日常の中から次々と日本的なるものを捨てる中で、経済発展を遂げ、アジアの島国でありながら、アジア精神から程遠い国になり下がってしまった。

隣国の韓国や中国のことを知らず、アジアを知らず、欧米を知ることにやっきになり、自分の国とは何であるのか、何ものであるかの学習をないがしろにし、政治においても、経済においても、そして文化においても、自国のアイデンティティを身売りしてきたのだ。

その結果、陶器、磁器、漆器、彫金、染色、織、木工といった職人芸を見抜く力をなくし、茶道の精神や武道精神を失ってきた。歌舞伎の原点でもある能楽や日本舞踊の所作やその根源にある、日本人の身体所作と精神をないがしろにしてきたのだ。

三島由紀夫が、日本文化防衛論を唱えたとき、それは単なる右翼のたわごとと揶揄する欧米かぶれのアホな知識人が当時多かったが、この20年の日本社会の現状を見れば、いかに三島の先見性が高く、今日の日本の姿を正しく予見していたかがわかる。

人々の荒廃した心を立て直すためにも、人と人が関り合う、関わり方を糾すためにも、戦後65年の自己喪失の歴史と決別しなくてはならない。

日本人が日本人としてある拠り所なくして、自分と言う人間の存在証明も、価値も、生きていまあることの実感も、実は、えられない。