秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

戒め

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昨日は、朝からボランティアの新年会に参加。

開始は、午前11時からだったが、ゲームの企画進行を近所に住むMさんと一緒にやってくれと頼まれ、その準備もあって、朝から青山中学へ。

丁度、引越しの片付けで、十年ほど前、蓼科と中国の学術医療機関とのコンサルをやっていた頃、中国オールロケで制作した漢方のビデオの在庫を破棄しようと思っていたので、それをゲームの景品や参加賞にしようと、持っていく。

ハンナのばばあが景品にとくれる手作りのトートバックはいつも喜ばれる。なんといっても平均年齢65歳くらい。高齢者が半数以上。手提げの布バックは、どうしてか、高齢者に人気だ。

もともと、青山、赤坂界隈に生まれ育った人が多いが、東京オリンピック、バブル景気、都市区画整理などで、土地家屋や店舗を売って、郊外や他県に移住した人がほとんど。地元にいまでも生活する方は、五分の一程度だ。

それでも、こうして地元の集まりに参加するのは、ここが彼らの思い出の土地だからだ。青山小学校、青南小学校から青山中学、あるいは、氷川小学校、赤坂小学校から赤坂中学校が共通の学区。自身がそうではなくても、成人し、いい大人になった子どもたちの進級コースだった。

そうした生活の中で、出会い、自分自身や家族の幸せのためには、まず、人様や地域に役立つことをやろうという願いで集った人たち。だから、若い頃から培われた、見えない絆がある。

だが、生活も、家族構成も、職業も、政治に対する考え方も主義主張も、実は、バラバラ。活動に参加して、日の浅い人もいれば、戦後間もない頃から参加してきた高齢者もいる。

「今年の抱負」というテーマで、南青山、北青山、赤坂、西麻布と住居、出身地別に4人一組となり、尻取りで抱負を語り、どのチームの話が一番まとまっているかを拍手で決めるというゲームをやった。こんなに盛り上がるかとは予想していなかったくらいの爆笑続き。

ところが、4組が並んで、トーナメント形式で勝ち進んでいくのだが、ある高齢者の女性が抱負を語る中で、「実は、こうして立っているのも辛いくらい、足が悪いのだが、参加できて、みなさんの顔が見れてよかったです…」と、語る。

思いやりの足りなさにはっとなった。慌てて椅子を勧め、座っていただいたが、足が痛いのに、辛さをがまんさせてしまって申し訳なかったと、会場を盛り上げながら、心にそのことがひっかかった。

オヤジは、たまの電話でよく腰や膝、入れ歯の痛みをオレに訴える。おふくろは、若い頃からリュウマチでよく歩けなくなった。晩年は、それに加齢で、足腰の痛みを訴えていた。久しぶりに帰ったとき、長崎まで遠出をして、食事をした後、おふくろが小さな段差に転んだことがある。

心配してかけよったが、おふくろは大丈夫とオレたちに気遣いをして、痛みを訴えなかったが、後日、姉から、足首をねんざして、相当痛かったらしいと聴いた。

そのときの高齢者の方も、会場の賑わいや盛り上がり、そして、イベントの進行を妨げては悪いと、きっと痛みを堪えていたのだ。そして、一言も椅子をくださいといはご自分からいわれなかった。

オレやオレたち世代は、こうした親や祖父母の愛や思いやりに守られて、今日まで生きてきたのだ…。

痛みを感じながら、それを子どもや孫世代に感じさせてはならないと、次の世代や時代のために、いのちと身体を削ってきた。

政治的な立場や社会を見る目は、人それぞれ。いろいろな主張がある。主張を正直にぶつけ、異論反論の中で、よりよき国や社会、地域を生み出すための議論は意味があると思う。

しかし、その先には、こうしたオレたちやオレたちの子どものいまを育んだ人々への配慮とやすらぎがなくてはならいのではないだろうか。一番に大事にしなくてはいけないのは、そのことだと、オレは思う。

オヤジやおふくろ、義父や義母のいろいろな思いを懸命に汲み取りながら、それでも前へ進むために事務所を移転することを決めた、自分自身への戒めを改めて、その高齢者の方から教えられる。

そうした教えももらえる出会いと人の温かなつながりが、オレはやはり、恋しいのかもしれない。だから、やはり、乃木坂からは出られなかった。

写真は、その数日前、イワに召集され、いろいろと仕事のストレスや疲れもある中、Redに顔を出したハマが、自分とそっくりにデコレーションされたUSBのネックレスをプレゼントされ興に入って、M銀行の女性と撮った写真。

ここにも、絆と思いやりがある。