秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

ファッションのこと5

生まれて初めて救急車というものに乗った。

その数週間前から上半身をひねると痛い。近くの病院の呼吸器科でも観てもらい、レントゲンもとったが

原因がわからず、肋間神経痛の症状に似ているということでシップと消炎剤をもらい、「一週間しても様

子が変わらないようなら、また来てください」といわれ、その一週間が過ぎた頃、上半身を少し動かすだ

けで痛みが走る。「これはやばい」そう直感したぼくは、健康保険証をいつも手にとれるところに出して

おいた。

自分が病気をするときは、心臓疾患に違いないと確信していたので、その前兆に違いないと思ったのだ。

丁度、その夜、テレビプロデューサーの東海林秀文と友人のニットデザイナーと乃木坂の自宅で飲む約束

をしていて、小一時間ほどいつものように雑談しながら呑んでいたのだのだが、「秀嶋さん。今日、元気

ないですね」とぼくの異変に気づいたのは東海林だった。

そして、ワインを一口飲んだ瞬間、一気に矢で胸を射られたような痛みが襲った。

痛みで身動きできない。

東海林に「救急車を呼んでくれないか」というのがやっとだった。

ストレッチャーに乗せられると、東海林が必死でスリッパをストレッチャーの脇に突っ込んでいる。

後で東海林に聞くと、そのこともよく覚えていないほど酔っていたらしいが、さすがプロデューサーだな

と関心した。病院にいって、まず必要なのはスリッパだ。そのことが酔った頭の中で過ぎったに違いな

い。

救急車に乗ると、今度はなかなか病院がみつからない。

10件以上の病院に受け入れを問い合わせ、ことごとく断わられている。

ぼくは、そのとき、救急車に乗ればなんとかなると思うのが、いかに甘い考えかを初めて知った。

いまいろいろと救急患者の受け入れが問題になっている。いわゆるたらいまわしで、命を落とす人も少な

くない。まさに、日本の救急医療は、その程度のものでしかないのだ。

後に、ハンナのババアに教えられた。

「あなたね。救急車で受け入れてもらうには、日頃から健康診断とか、治療とか受けて、その病院にカル

テを置いてもらっておかなくてはダメなのよ」

なるほど。

たいした病気らしい、病気をしたこともなく、健康診断も港区の健康診断ですませているような人間は、

救急搬送されても、入れてくれる病院がやすやすとはみつからないのだ。

救急隊員は必死で受け入れ先を探す。しかし、かれこれ20分も病院がみつからない。

「あなたたちに、文句を言ってもしょうがないのは、わかっているけど、これだけ苦しんでいるのに、

病院がみつからないというのはどういうことなんですか!」

東海林はマジ切れそうになって、が、消防隊員にも気を遣いながら、クレームをいった。

こいつは、やはり、すごい奴だ。痛みの中でそうぼくは思った。

普段はいい加減な面もある、気のいい男だが、さすが、数々のトレンディドラマを影で支え、ヒットさせ

てきた男だ。どんな状況でも、主張しつつも、配慮を忘れない。

「いま、東京消防庁、本庁から東京全域に受け入れを打診していますから」消防隊員がそう答えるか答え

ないうちに、消防庁から心臓血管研究所が受け入れOKと知らせてきた。

やっと、救急車は動き出したが、東海林は、「これから1時間もかかるなんていったら、本気で怒ります

よ」と注文をつける。

隊員は、「大丈夫です。すぐ、そこですから」と答えたが、東海林は、「すぐっていってもね…」と

いいかけたが、救急車はものの30秒で病院についてしまった。

ぼくは心臓血管研究所と聞いて、ああ近くだ、よかったと安堵していたのだが、ここいら辺の地理に詳し

くない東海林にはそれがわからない。

「え、あ、もうついたの?…」ときょとんとなる。

心臓血管研究所はぼくの事務所兼自宅のすぐ裏になる。

教えてやりたいが声がでない。

東海林の対応がおもしろくて、笑いたいが声がでない。

緊急入院して、あれこれ検査をやって

落ち着いたのはもう明け方近くだったと思う。

モルヒネで痛みは押さえられていたが、意識は朦朧とし、翌朝、かみさんと東海林が一緒に来るときまで

ボンヤリとした意識の中にいた。

医者たちが、「チアノーゼが出ているから、厳しいかもしれない」などという声が聞こえ、誰のレントゲ

ン写真だかわからないが、右肺のほとんどが白くなり、肺胞が拳ほどしかないのが見える。

後で、チアノーゼが出ていたのは別の心臓で運びこまれた救急患者のものだとわかり、右肺が水で埋もれ

ている写真は自分のものだとわかった。

「秀嶋さんは、いま、ずっと200メートル走を続けている状態です」

ぼくの肺は半分仮死状態になっていた。


つづく…。