秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

父の肖像

先週のことだが テレビドラマを久しぶりに見た

最近のテレビドラマは ほとんど見ない つまらないからだ

そのオレが あえて 見たのには理由がある


フジテレビ開局50周年記念ドラマ『駅路』 

原作 松本清張 脚本 向田邦子 脚色 矢島正雄 監督 杉田成道

出演 役所浩二 深津絵里 木村多江

ほとんど映画並みのラインナップ 作品もそうだが うまい役者が揃っている

これは みたいと思わせる


「あの素晴らしい」のコーナーで述べているように 向田邦子には ある思いがある

それに 原作が これもいろいろと思い入れのある 清張


しかも 尾崎豊の作品で オレが指名して ナレーションをやってもらった

中島ひろ子も ちょい役だったが 出演していた 

デビューした頃 日本アカデミーの新人賞を受賞し 大竹しのぶの再来といわれ

若手ながら名女優として NHKの芸術ドラマや硬質の社会派ドラマで 唯一主演を張れる 

稀有な女優さんだった 

その一番盛りのときに この人と仕事がしたいと指名したのだ

あの道を歩んでいればと 彼女が 画面の脇役で出るたびに いまでも思う 

もったいない使われ方をしている 

本来 映画の人だ 日本の古い女が演じれる 貴重な女優だ


清張に オレが思い入れが深いのは オヤジの影響がある

清張作品には 刑事物が多い しかも ただの刑事物でなく 刑事その人の人生と犯罪劇が

深くかかわり 刑事の人間像が 清張作品の重要なメッセージになっていることが少なくない

警察官だったオヤジは それを愛した 

それに 清張は貧しさから 尋常小学校卒程度の学歴しかない

幼い頃は貧しく 父への憧憬と憎悪という二面性を持つ続けて生きてきた

その苦節の中で 芥川賞作家となった

清張は 推理小説というエンターテナー作家だから 直木賞作家と思っている人が多い

芥川賞作家でありながら だれにでもわかり しかし 人間洞察の深い作品を書ける

そこが 清張のすごさだ とオヤジに少年時代 何度もいわれた


オレのオヤジも 尋常小学校卒程度の学歴しかなく 幼い頃は貧乏で苦労していた

そこから 這い上がり 学歴では異例の県警の警視正にまでなった

自分のオヤジ オレの祖父の若い頃の放蕩に対して 不満や不平もあったが それでも

老いて 出世した息子を自慢するしかない 自分のオヤジを 愛していた

オヤジの中にも 清張と同じ 父というものへの矛盾する感情が あったのだと思う


中学の頃 本の虫になっていたオレは 純文学ばかり読んでいたのだが あるとき

テレビで かつて劇場公開された 清張原作の映画を見て 何度も衝撃を受けた

『点と線』『張込み』 そこに描かれた 圧倒的な男女の性と それゆえの執着が

人を修羅にも 阿修羅にも 鬼にもする その世界の奥深さに慄然とした 

また 単に 男女のそれだけでなく 背後に息を凝らし存在する この社会を 国を

見えない力で支配し 動かす 権力の醜悪さも 教えられた

オレは 清張の本を読む前に 映画で衝撃を受けたのだ

以来 清張の本を読み また 映画を観る中で ある日 はっとなった


砂の器』だった そこには 少年時代の清張と父の関係が 描かれていると気づいたのだ

それは 自分のオヤジと その父 祖父とのそれと同じだったのだと はっとなった


清張の父 峯太郎は 一攫千金をねらって 鳥取の山奥 日南町矢戸から 

九州の小倉に流れてきた 流転と貧困の中で 峯太郎は 故郷に錦を飾れない 

敗北者だった だが 本来 自分たち一族は 矢戸では大棚だったのだと 

終生 自慢し続けた


うちの祖父も 同じだった


佐賀から一攫千金をねらって 福岡に出て 結局 うまくいかず 貧しさの中にいながら

放蕩し 酔うといつも 故郷 佐賀鍋島藩 家老職の家柄を自慢した

幾度も その姿を見るたびに オレは醜いと思った

しかし オヤジは 人前で 自慢げにその話をする 愚かな祖父を 咎めもせず

ただ だまって ごまかすように 笑っていた

たぶん あの ごまかすような笑いは 自分の父への 憧憬と憎悪の葛藤を そうしてしか

抑えることも 表すこともできなかったからなのだ


向田邦子も父という大きな存在と 終生 闘い続けた作家だと思う

その中で 父を一人の男としてみる目を育て あの人間の本質 女の業を抉るような作品を

残した

松本清張も同じなのだが 清張は男であるがゆえに 父をただの一人の男としてのみ 

切り捨てることができなかった 清張にとって 父はいつまで 父であってほしい 父だった


清張の作品で 短編ながら オレが大好きな作品がある

影の車』だ 加藤剛岩下志麻で映画化された

父を海で失った 漁師村の少年が 一人身になった母が生活の面倒をみる叔父といい仲になる

少年は 母を寝取られた憎悪から その叔父を殺害する 事故を装って

少年は やがて 成長して 同じように 夫を失った 子持ちの女性と恋に落ちる 

しかし かつて 自分が少年期に感じた怒りを 前夫の子が抱いているのではないか

その怖れから その少年を殺害してしまうという物語だ

三島由紀夫の『午後の曳航』にも 通じるテーマ


父というものを軸にして その周囲に関る人々が 性や執着 愛憎によって 罪を犯す

罪を犯さないまでも 人を傷つける

今回の『駅路』も 30歳も歳の離れた 退職したサラリーマンの男と女子行員の不倫と駆け落ち

が軸になっている これも女性の父というものへの憧憬が背後にある

その軸に巻き込まれて 金目当てで いとこである女が 情夫にそそのかされ 殺人を犯す

出番は少ないが そのいとこの女を演じた 木村多江の芝居は 素晴らしかった

彼女がねたましかったのは 人並みの恋に落ち 幸せになろうとする いとこの深津にではなく

深津が演じる いとこが 父の肖像を自分のものにできたことへの 悔しさだったのだ


女にとっても 男にとっても 父の肖像は 重い