秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

呪縛からの自由

関東甲信越にやっと入梅宣言が出た。

5月の降雨量は、平年の2倍。観測史上でも稀有な例。週末土日はほとんど雨で、曇天の日も多かったというのに、気象庁は、入梅宣言のための3点セット、低気圧が日本海にあり、梅雨前線が日本を横断し、太平洋に高気圧がある、という気象図にこだわり続けた。結果、平年より12日も遅い入梅宣言。

確かに、西日本では晴天も続いていたから、微妙だったのは事実。が、しかし、地球環境が急速なスピードで温暖化へ向かい、太平洋の黒潮の流れが、過去十年とは大きく変ったいま、これまでの気象データに縛られているというのは、どういうものか。

静岡の駿河湾や伊豆の海では、沖縄でしか生息していなかった熱帯魚が群生するようになり、これまで、仙台や石巻などで収穫していた大量のさんまがとれなくなった。北海道がいまでは、東北沿岸で収穫していた魚の収穫基地となっている。つまり、温暖化による海水の温度の変化で、魚の分布図が北上しているのだ。当然、海水温度の変化は、気圧の変化に結びつく。

ゲリラ洪水や雷の多発も、海水温度の上昇によって、上空の寒気と海水や地熱の高温がもたらすもの。昨年はとりわけ、その被害が大きかった。環境変化について、気象庁にも多くのデータが寄せられているはずなのに、データや経験値にしばられ、現実の情報に即した新たな予報を出そうとはしない。ここにも、お役人気質が出ている。

オレは船に乗るからよくわかるのだが、小型一級船舶免許をとった当時、いまから6年ほど前と、現在では、クルージングシーズンの天気が大きく変っている。入梅前の5月は、格好のシーズンだったのが、風
雨で船を出せる日の方が少ない。逆に梅雨の時期に、初夏のような陽気と晴天が現われて、シーズンがずれている。

官僚や研究者に限らず、何がしかデータに頼って仕事をする人間には、データ神話がある。役人や役人的体質の人間たちは、データの読み間違いによる失敗をことのほか怖れる。それが、経験主義、判例主義の悪しき側面を露呈する。しかし、それでは、現実に即した柔軟な対応も、生活者の現実に即した情報提供と対策も実行できるものではない。

人間の脳は、経験から学んだ情報以外の新しい情報に対してはすこぶる弱い。新しい情報に対しては、ほぼ否定的にしか脳は機能しない。それが、変革や変化を恐れさせる要因にもなっている。しかし、ほんの少し視点を変えたり、これまで近視眼的に見ていた情報を、俯瞰から眺めてみると、意外に、これまでの経験情報が活用できたり、応用できたりする。

いま、自民党がマニュフェストづくりにやっきだ。なんとか民主党との違い、政権担当能力の高さを誇示しようとあれこれ脳をつかっているが、政権にしがみつこうとする利己的脳の働きだけでは、物事を対極的に見ることも、俯瞰して、日本のビジョンや庶民生活に届く試案を描くこともできはしない。

世襲制は廃止といいながら、結局尻すぼみになり、厚労省の分割では首相の発言がブレる。年金、社会保障制度でいいところを見せなくては落ちた支持率が回復できないとわかりながら、それらを抜本的に見直すということは、国民から圧倒的な支持を得ていた小泉に造反することになるから、それもできない。と、これも、過去の小泉幻想にしばれている。

年金にせよ、医療費問題にせよ、地方の経済破綻や疲弊にせよ、現在の日本の混乱と動揺の元凶となっているのは小泉がやったアメリカの物真似政治、新自由主義の導入によるものだ。脳天気な自公独裁政権支持者はともかく、良識ある無党派層、浮動票といわれる人々には、その実感が広がりつつある。

それを察してか、まだ自分の威光が日本国民の心を動かせると思っている小泉は、次期衆議院議員選挙で引退するとした発言を撤回するかもれしれないという噂が永田町に飛び交っている。これは、明らかに現麻生政権への揺さぶり。小泉神話をおそれるやからは、それに簡単に動揺する。

政治も人も、経験側や既成の価値観にしばらていては、前へ進むことはできない。しかし、経験や過去のデータをぶちこわせば、それでいいのでもない。

まずは、新しい日本のあり方、新しい自分のあり方を求めて、自分たちがいま立っている立ち居地や視点を変えることだ。「岡目八目」「灯台下暗し」。狭窄した視野から自由になれば、見えないものが見えてくる。そこに、なんだ、こんなことかという、新しい地平が広がる。これまで、ストレスだった問題も違う姿で見えてくる。

政治においても、生活においても、自分を縛っているのは、自分なのだ。