子どもの頃、母の毛糸巻の手伝いをした記憶がある。
戦後数十年の庶民の家庭で、贅沢品ながら、ミシンは必需品だったし、裁縫箱はどの家にもあった。手編みのセーターやカーディガンも当たり前で、秋になると古くなった編み物を解き、毛糸玉にする。
いまは、ファーストリテーリングの拡大で、安価で使い捨て同然に、市販の服が買える時代になった。だが、当時は、服飾店や百貨店に行かないと既成の衣類やイージーオーダーは買えなかったし、廉価で売る商店街以外は、採寸してつくるオーダーメイド店が殆どだった。
勢い、台所事情から手作りできるものは、家庭でやる。冬の毛糸の衣類はその典型で、手袋やセーターは、母の手編みだった。中古の編み機を何処からか手に入れて一時使っていたが、機械が苦手だったからなのか、すぐに人に上げてしまい、母は手編みに拘った。
小学生は成長が早いのもあり、1年~2年生の時、着られていたものがすぐに着れなくなる。着られなくなったセーターを解いて、旧い糸と組み合わせ、サイズを大きくしたのを着せられる。
私は、両手を挙げ、左右に腕を揺らしながら、母が持つセーターの糸が解かれ、自分の手首に巻いて行く感覚が好きだった。一旦、巻いたら、今度は、母がそれを毛玉にしていく。
不思議なことに、その光景を昨日のことのように鮮明に覚えている。
形のあるものが解かれて、その姿を失くして行く。しかし、編直しすることで、柄や大きさの違う新しい何かに生まれ変わる。
成長や発展の基本には、何事につけ、それがなくてはならない。
SDGsが叫ばれる時代。スクラップ&ビルドは、依然として都市開発の定番で、欧州のように古い物を生かす街づくりには程遠い、この国。
だが、旧いものをただ生かすだけでは、時代の盛衰に付いていけない。旧い景観を今に生かす知恵がなければ、結局は、大手デベロッパーに風情のある街並みは、破壊され、どこにでもあるような無個性で、利便性と清潔感だけを追求しただけの感触のないタワービルが立ち並ぶだけだ。
私たちの国、世界は、このタワービル建築に象徴されるように、成熟社会から低成長社会へと移行する中で、見下ろす側と見下ろされる側に峻別されていった。
そこで「そんなのやってられねぇ」と登場したのが、反民主主義のうねりとグローバルから自国ファーストへの大転換だ。見下ろす側はより肥大さを追求し、見下ろされる側は、民主的でなない、強行な再分配と社会的地位の保全を政治に求め出した。
知性的であるより、野性的であること。思慮深さより無教養さ。タブーを守るより破壊。論理性より感情。直情的であり、無知で危険であっても、地雷原をものともしない、偏狭な意固地さ。
逆を言えば、知性がどうのこうの、思慮深さがどうのこうのと言ったところで、オレたちの生活楽にならねぇし、小難しいことばかりでスカッとしねぇじゃねぇかという情動が勝ってしまったのだ。
つまり、知的で論理的な思考や行動ではなく、短絡的で非論理的(カルト的)信念を信じようとし出した。
譬えて言えば、ヤンキーな奴、あるいは、ヤンキー崩れ。だから、非論理的で非科学的だけど、信念みたいなものがある。
窃盗であろうが、カツアゲであろうが、「暮らしをよくしてくれりゃ、それでいい」「オレんちの存在認めてくれれば、それでいい」といった輩が、軽薄さゆえにフェイク政治や愚鈍、愚集政治を支える。
これまで窮屈だったセーターの毛糸が解かれて行く、小気味よさ。心地よさ。そして、他人の毛糸玉でも、糸を合わせて編直すとゆったり、気持ちのいい着心地になる。大事なのは、略奪したことよりその心地よさ。
いままで、「バカっじゃないの!?」とか、「あいつ数に入れねぇ」とか言われ、自尊感情が希薄だった人間が、その心地よさを味わうと何でもありの世界になって行く。
だが、その無教養と無知性では、採寸通りのセーターを編むことはできない。気づいてみれば、着心地のよくない、左右の腕の長さ、丈の短い、歪なセーターを着る羽目になる。
人から、取り分け女性から手編みのマフラーやセーターをもらうのが、思春期の頃から嫌だった。気持ちは嬉しいし、ありがたいと思うが、決して上手とは言えない、手編みの物ほど、身に付けるのに困る。それに、私は、子どもの頃からイングランドやスコットランド調の毛糸物が好きで、趣味に合わないからだ。
当然、くれた女子にそんなことは言えない。だが、少しするとくれた子も身に付けてない私の姿に気づいてくれるのか。そっと傍から離れてくれる。
そう。自分のこだわりをきちんと示す。自分の考えや意向を示す。かっての女子には悪いが、それが着心地のいい毛糸物との出会いにつながる。