秀嶋賢人のはてなブログ

映画監督・NPO法人SocialNetProjectMOVE理事長

青山のこと

所用で表参道にいった帰り、ふと思い出して南青山三丁目のアートスペースまで歩く

乃木坂から歩いてすぐのところだ

 

南青山の住宅地の路地裏には、こじんまりとしてはいるが、それぞれの分野の逸品、一流品、希少品を扱う店が点在している

 

知る人ぞ知るという店だが、陶芸、アパレル、着物、スイーツ、ビスロトなど飲食店、ギャラリーが住宅地に溶け込むように店を構えている

 

法令上、「住宅地」なので、南青山界隈では大通りに面する246号線や外苑東、西通りに面した周辺ではないと5階以上の建物を建築できない。マンションも低層マンションしか建設できない。だから、ひとつ道路を入ると、住宅を改造、リニューアルして店舗にしているところが大半だからだ

 

もともと住んでいた方が趣味が高じて、好きな陶芸や着物のショップ、スイーツのショップを開くということもあるが、まさに軒先を借りるように、青山に店を開きたくて利用しているという店舗オーナーも少なくない

 

住宅地らしく、新宿区と渋谷区のはずれに接する北青山界隈には、秩父宮ラグビー場、国立競技場、テニスコート神宮球場とそれを包み込む、外苑の森がある

住宅地エリアだからだこそだが、道路一本渡るとすぐ近くにリスも生息する森があるというのは都心の真ん中でも青山くらいなものだ

ブランドショップや大手デパート、大きなテナントビルが並ぶ銀座はハイセンス、ハイクオリティのトップランナーだが、銀座と青山のタウンカラーの決定的な違いはそこにある

 

生活の中に、逸品、一流品、希少品とこだわりの店、そして自然が共にあることだ

かつて、トラッドファッションを日本に持ち込み、男性ファッションという分野を拓いた、石津謙介氏の会社は、当初、繊維、織物問屋が密集していた日本橋にあった。それをVANジャケット創業の折、本社を青山に移している

石津謙介氏は、「青山じゃなきゃダメなんだ」とそのとき周囲に強く言ったそうだ。石津氏の先見性と青山のタウンカラーの理解はすこぶる正しく、青山に受け入れられたVANはファッション業界の革命児となった

同じ言葉を初めて訪ねたアートギャラリーの女性オーナーから聞いた。

「ここじゃないとわかってもらえないものがあるんです。青山にいる人、来る人には本当にいいものをわかる力があると思います。他とは違います」

ぼくは、そのとき、紹介された作家の作品がなぜ人気があるのか、アート的な視点からではなく、わかったような気がした。彼女たちの作品は、まさに青山の空気にじつに合っている、馴染んでいる

クリエイティビリティのある街は、人をつくる、人を磨く

 

トレンドに踊ったものや店、作品はすぐに消えていくが、亜流を嫌い、こだわり抜いたもの、人が創造する何かは都市、地方関係なく、磨かれたセンスを呼び集める

渋谷でもなく、広尾でも、代官山でも、中目黒でもない

クリエイティビリティのある街で試したいなら、それは青山しかない

 

大坊珈琲店の大坊勝次がどうしても青山にこだわった理由もそれだった

「青山でやれないなら、店を閉める」それが最後に店で聴いた大坊さんの決意だった

 

 ふと、こうしたこだわりは知性が伴ってのことだが

いまの政治、政権、検察にそれはまったく失われていることが強くよみがえった